これが危機一髪
木曜日御前
まさに危機一髪
深夜2時。
締め切りまで、あと一日も切ってしまった。
目の前にあるモニター画面には、文書作成用ソフトの入力画面が広がっていた。
普通ならば、もう文字は千文字ほど埋まって無ければならない。
あと少しで、初めての自作である『はじまりの物語』の連載開始日。僕にとっては、大事な記念日だ。
数少ない読者様への感謝の気持ちを込めて、主人公である筋肉ムキムキマッチョのドラァグクイーン・ケツアゴカチワレーヌが異世界転移する前の話を書こうと思ったのだ。
でも、ここで大きな問題があった。
「何で、生前は面白ラップで金稼いでたなんて、設定にしたんだよ~! 過去の俺~!」
過去に何も考えず作った設定。この辺りをふと思い出し、「ケツアゴカチワレーヌの面白ラップショーでも書こうかな~!」とゆるく近況報告したら、それが読者内で反響があったのだ。
数少ないフォロワー中、五人も反応してくれるなんて。今までに無かったのに、思わず浮かれた勢いで、書きますなんて言ってしまった。
「あぁああ、自分のバカバカバーカ!」
頭を思わず掻きむしり、前後に頭を激しく揺らす。ヘッドバンキングと言われる行為だ。
さて、そんな勢いまかせの見切り発車の結果が、先延ばしした今である。
いつだって、今の自分を苦しめるのは、過去の自分だ。
なんで、そんな思いつきをした。
なんで、軽く了承した。
なんで、先延ばしにしちゃった。
ここ数日、何もしなかったわけじゃない。
たくさんのラッパーの曲を聴いた。
曲も、フリースタイルも。
日本、英語、韓国、中国、フィリピン、タイ。
なんなら、有名ラッパーのブイログまで。
とにかく、
なんなら、いくつかライブやイベントも参加してみた。
しかし、調べたからといって、体験したからといって、書けるわけではない。
「ケツアゴカチワレーヌの、ソウルを表現したビートとか、
どんなものも調べれば書けるでしょとかSNSで言ってた奴、マジで出てこいや。俺はお前を許さない。お前の言葉を頼りにしてたのに。
とりあえず、もう。かっこいいのは諦めよう。
僕は頭に浮かんだ言葉を、書き出してみる。
「カチワレーヌのお父さんは、カバディのプロ選手になれず挫折した頑固一徹な親父。カチワレーヌは毎日扱かれてて、ある日女装バレして危機一髪。んっ? ……頑固一徹……危機一髪……!」
頭の中に韻が繋がる。繋がれば書ける気がしてきた。
「うちの親父は頑固一徹、例えるならば☆一徹! 親バレオカマは危機一髪! 今ならオカマは最強言ったる!? おっおっおおお!」
書ける、書けるぞ。リリックさえ書けてしまえば、どうにかなるはず。このビッグウェーブに乗るしかない
乗った結果は……。
寝落ちた末、朝起きて画面を見て、文字を読んで絶望する。
「あああああああ、文字消えた!?」
そう、画面から書いてた文字が消えたのだ。
しかも、自動保存がされてしまっている上に、戻るキーが少しも効かないのだ。どうやら、寝ている間に文章管理ソフトが再起動してしまったよう。
結構書いたはずなのに、どうしようもう一回書くか。
しかし、今日は平日。これから仕事もある。
あああああ、どうすれば、間に合わない。
と、冷や汗を流しながら頭を抱えていると、ふと文章アプリのお知らせが更新されていることに気付いた。
新機能『編集履歴』追加
祈るように、お知らせを確認する。書かれた内容を読んだ後、タスクバーに現れた時計マークを押す。
そこには、僕が寝るギリギリまで書いていた文章があった。選択し、内容を見た後、履歴復活ボタンを選択する。
文章は、あの時のまま復活した。
「よ、よかったああああ」
うれしくて、安堵のため息を吐く。
危機一髪で回避したぜ。
ぐらりと机に突っ伏した後、安心したまま書いた文章を読み直す。
「単調なビート、韻を踏むのも工夫が無い。てか、このラップ何が面白いのか!? てか、なんだこの、描写。うっっす!!!」
深夜テンションとは恐ろしいものだ。
夜の闇か、疲れからか、まぶしく見えた傑作だったのに。寝て起きてリセット頭では、とんでもない駄作にしか見えない。
しかし、時間はやってくる。
作品を出せれば、もうそれでいい。
諦めて、公開ボタンを押した。
これが危機一髪 木曜日御前 @narehatedeath888
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