繊虫の筋肉揚げ
「イハチ! 無事か! ……って、コイツはおったまげた……もう出来ていたのか……」
遅れてやって来た(本当に遅い)、羽差機を含めた駆除部隊をゾロゾロと引き連れてやって来たミケは、正座の姿勢でちょこんと座っている羽差機を大工らしく、マジマジと観察していた。
「……その子が、助けてくれなかったら、私は今頃、そこの繊虫の胃袋の中だったわ……」
「ほう……産まれたばかりで、さっそく、繊虫を仕留めるとはな。流石は、波のイハチが彫った羽差機だ……生みの親同様、血気盛んな事で」
「茶化さないでよ。こちとら……死ぬところだったんだからね!」
ミケの首を絞めつけていたら、ミケが秘匿接触回線越しに、突然、三倍速の速さで話しかけてきた。
「死ぬといえば、イハチ……今回の寄生虫の脱走騒ぎなんだが、どうも妙だ」
「……と、言うと?」
「この繊虫が潜伏したとされるツチクジラ級を解体していた部署……特に、残留寄生虫をチェックしていたスキャナー履歴を洗いざらい調べてみたんだが、どこにも不備は無かったんだ。ましてや、五メートルクラスのデカい繊虫を見逃すほど、ヤワじゃない」
「そこまで断言する理由は?」
「今回は死人が出なくてお咎めなしだったが、そのツチクジラを担当していたのは、あっしらの管轄だったんだよ。もう一度言うが、うちの優秀な部下が、五メートル級の繊虫を見逃すミスは犯さない。舐めやがって……停電の件といい、イハチが羽差機を完成させる直前に、たまたま、逃げ出した繊虫が現れると思うか?」
「まさか……だと思うけど……」
「ああ……もしかしたら、誰かが羽差機彫の妨害か、イハチを殺害する為に、仕向けたとしか思えない」
「どうして……わざわざ……」
「さあな……この発見されたアンバーグリスに何かあるのか、それとも、実籾ツネカの恋人だった伊波ハチ……お前にも原因があるかもしれない」
「はっ? どうしてそこにツネカの名前が出てくるんだよ。何が言いたいんだ……ミケ」
「……はあ。ま、いいさ」
パッと、ミケが接触回線を解除して、串刺しにした繊虫へ視線を移す。
「さてと……最初に銛を刺した者と、最後に仕留めた者が、その獲物の一番良い所を持っていくのが、この艦でのしきたりだ。この繊虫の解析が終わったら、一番美味しい部位をイハチたちに提供しよう。よく加熱しないと腹を壊すから、用心しろよ」
ミケは「用心しろよ」の所を、わざと強調した。私はゆっくりと頷く。
繊虫の構造は、見た目の通り環形動物……ミミズにも近い所があり、体節と呼ばれる、各々の神経機能と消化器官を備えたブロックのようなものが幾重にも重なりながら、その体を形成している。大工の羽差機が、私を食べようとした顎口付近から、レーザー包丁で縦に割り、内臓を取り除く。尾の後半部にはタンパク源である筋肉の身がみっちりと詰まっているので、そこの部分のブロック肉を一人前分、譲り受けた。久しぶりの天然の虫食だった。ここ最近、冷凍の鯨肉か、艦内のレプリケーターで製造される人工食しか食べてなかったので、腹が少しだけ鳴いたような気がする。
「あのー……お姉様……もしかして、それ……食べるんですか?」
ミケと解析部が、あらかた繊虫の分析を終えて、跡形もなくバラバラにして片付けてから、私と新しい羽差機の二人きりとなり、ようやく、居心地を悪そうにしていた羽差機が、私に質問をした。
「そうだよ。この艦、勝山ではね、鯨は骨の髄まで無駄にしないという決まりがあるの。それが例え……鯨の寄生虫だろうとも。あと、そのお姉様というのは止めてくれないかな? 私には伊波ハチという名前があるの」
景気づけに蒲焼きにでもしようかと思ったが、艦内のグルメネット情報では、繊虫の生臭さが残っていて、かなり不味いらしい。十センチぐらいにぶつ切りにした筋肉に、塩、酒、酢などの調味料などで臭みを消し、衣につけ、低温の油でじっくりと揚げて、繊虫の筋肉揚げをちゃちゃっと調理する事にした。
「ジー」と、言いながら、羽差機が私が作った不細工な筋肉揚げを、レンズでズームしている。
「……食べる?」
「え? でも……ワタシには、口や消化器官と呼ばれるものがないですけど……」
私はお尻と腰の間にあるコネクタから、ケーブルを引っ張り出し、羽差機の右手、中指付近にあるポートと繋げた。
「な、なにを?」
「味覚共有フィードバックよ。ここが、日系企業の捕鯨艦で良かったよね。人工知能や重機にも味を感じさせるなんて変態技術、他の艦にはあまり普及してないから」
私は揚げたてで熱々の筋肉揚げをかじった。バリッという心地良い音の後、ジュワっとした肉汁が、舌の中で広がる。臭み消しがうまくいったのか、最初の味は鶏肉にも近く、ほのかな甘みと苦味が交互に混じり合い、一概に言えない複雑な味をしている。勤務時間中じゃなかったら、今すぐにでも酒でも飲みたい。コリコリとよく噛みながら、染み込んだ油と一緒に飲み込んだ後味は、タラ系の白身魚のフライにも近い気がした。クエン酸を後追いで入れたら、更に美味しくなりそうだった。
「白米が欲しくなっちゃうな……どう? 初めての味覚は?」と、味覚を共有している羽差機を見上げたら、彼女は仰向けになって倒れていた。もしかしたら、不味かったのかと心配したら、彼女は——。
「お! おっ? お! おっ? おお、美味しいいいいいいいいっ!」
そういえば、本物をしばらく見てないが、初めてご飯を食べた赤子も似たような反応をする。当たり前だろう、この世に生まれて、初めて感じた味覚だ。ジタバタと喜んでいる彼女を見ながら、私は次にやるべきことを思い出した。
「……あんたの名前を早く決めないとね、ベイビー」
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