ノミ第三十三号
「とりあえず、同期嚢の様子を見たいから、胸の部分を開けてくれないかな」
「む、胸……ですか? お姉様……」
「そんなに恥ずかしそうな顔をしないでくれよ。なんか、私が悪い事をしてるみたいじゃん。あと、だからお姉様は止めて」
同期嚢とは胸骨の辺りに、私のような人間、
「そんじゃ、起動するから……ちょっとビリっとするよ。あと、エッチな声出さないでね」
「え……ビリって……エッチ?」
同期嚢に乗り込み、コンソールの電源を入れながら、肉体の接触回線を通して、羽差機と私との同期を開始した。座席の下……特に尻の先辺りからビリッと静電気のようなものが、少しだけ流れる。
「きゃんっ!」と、可愛らしい声が同期嚢内にも響き渡り、網膜にOSが無事に起動するのを確認した。「オン・ソラソバテイエイ・ソワカ」という、漁業の守り神である、弁財天の真言梵字がデカデカと表示され、対捕鯨用のインターフェースシステムが立ち上がる。操縦桿を握りしめ、四肢を交互に回しながら、各々の関節の節々、指の先々、首や胴回り、足腰までのコンディションを、簡単な体操とダンスを交えて、チェックを行う。
「何か違和感がある所はある?」
「特には……というより、凄いですね……コレ。まるで、お姉様の考えてることが、手に取るように分かる……」
「また、お姉様って呼んでる……むしろ、私があんたの思考に合わせるようにしているのよ。なにせ、二十メートルもある二足歩行の巨人に人間と同じような事をさせているからね。直立二足歩行って思ったよりも高度な事なの。その肉体的、精神的な負荷は想像を絶するものだからさ。だから、羽差機には指羽と呼ばれる存在が必要不可欠なの」
ジャンプターンを決めて、バランサーなどに不備がない事をチェックした後、いよいよ最終工程に入る。
「うん……今の所、不良箇所は無し……と、そんじゃ、あんたの名入れを行うわよ。とりあえず、視界の片隅に表示されている製造番号を言ってみて」
「はい……第三十三号と書いてあります」
その番号を聞いた瞬間、私は思わず操縦桿を強く握りしめた。
「……はっ? 今、なんつった?」
「え……ですから……九十九重機製羽差機第三十三号で……す」
どうして、この子の素材だったアンバーグリスが倉庫の片隅でたらい回しにされていたのか、少しだけ理解できてきたような気がした。
「おいっ! ミケはっ! あのヤニ狂いの大工棟梁、東浪見ミケはどこにいる!」
ミケはああ見えて、私のような大工らを束ねる棟梁の地位にいる人物だ。その彼女が持つ大工房は私にあてがわれた工房の数倍の広さがあり、大工と羽差大工と呼ばれる
「これが三千鯨……」
ある意味、自分の素材母体でもある解体された鯨を初めて見たとき、何を思っているのだろう。未だにこのような光景を見る度に、私のような
「おやおや、早速出来たばかりの羽差機の試運転がてら、社会科見学とは感心、感心だね……イハチ……そして、ノミミよ」
キャラと呼ばれている大工棟梁用の羽差機の胸部が開き、中からあの憎たらしいネコ顔が、スパスパと骨煙草を吸いながら現れた。
「ミケ棟梁……そこは禁煙だと、何度もおっしゃいましたよね!」と、キャラは巨大なデコピンでミケの吸っている煙草だけを器用に弾き飛ばした。
「説明してもらうわよ、ミケ。それに、その……ノミミってふざけた名前……まさか、この子の名前じゃないわよね」
「ノミミ……ワタシの名前……」
「その通りだ。生まれたばかりにも関わらず、生みの親を守る為に、レーザーノミで繊虫を串刺しにする豪胆さ、そして、三十三の忌数を持つ、謎多き、呪われし羽差機……それが、ノミミ……あんたの事さ」
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