燈入れ

「ツネカとそっくり……ね、私……まだ未練があるのかも」


 以前、トニ副艦長の言葉に引きずられながら、作業工程は最終段階に入っていた。


 羽差機彫は脱活乾漆像と呼ばれる日本の奈良時代前期、天平時代の仏像制作技法に似ている。心木で骨組みを作り、その上に粘土を盛りつけ、その上に漆と呼ばれる麦粉を混ぜた接着力の強い麻布を貼り重ねていき、ベースを制作していくものだ。ここでいう、心木が龍骨であり、粘土がアンバーグリス、漆がポリマーシートだ。骨と筋肉と肌といった具合だろうか。肝心の脳の部分がないとよく観光客などから質問されるが、それはこの後すぐ分かる。


「こちら四四四大工房、伊波ハチ」


「はい、こちら電力部です」


「今からアンバーグリスを着火します。艦内区画の停電警報をお願いします」


「了解、四四四。本部から許可申請が通りました。安全確認と感電に気を付けて下さい。良き焔を産み出さんことを」


 レーザーノミで、粘土を彫り、その上にシートを被せながら、四肢と上半身、下半身、そして、羽差機の華でもある顔の部分を更に細かく彫り進め、調整したら、いよいよ入れと呼ばれる段階に入る。天平時代の脱活乾漆像では、外観の完成後、中身の粘土を取り除くが、羽差機の場合は、その粘土であるアンバーグリスが要となる。


 アンバーグリスの、アンバー……つまり、琥珀とはドイツ語でベルンシュタイン、「燃える石」という意味である。今から、この仮死状態となっている羽差機へ火を入れる為に、プラズマ放電を行うのだ。


「カウントを開始、五秒……三、二、一」


 羽差機の胸部部分、手足、頭部の先端にプラズマを流し込む流電機を差し込み、私は避電室と呼ばれる二畳程の広さの小屋に避難しながら、放電を確認する。


 ズバン! という、雷が落ちたような閃光と轟音と地鳴りと共に、羽差機にプラズマが流し込まれた。艦内の三区画分の電力を一気に叩き込んでいて、数秒の停電の後、電力が復旧を始め、照明が点灯する。私の網膜内には羽差機の生体情報がモニタリングされているが、体内のアンバーグリスの再活動は観測されていない。羽差機の反応が無いと確認した後、電力部へ合図を送り、再びカウントダウンが開始され、プラズマが叩き込まれた。


 アンバーグリスを構成している寄生虫群には、神経環と呼ばれる人間における脳のような役割を持つ器官があり、半蘇生状態となっているそれらは、群体的防衛保存反応によって、並列化しながら、近いようで遠く曖昧で限りなく全てが繋がっている状態になっている。その、並列化した集合体クラスターに、プラズマという火によって、再点火を行えば、全身が脳と筋肉の役割を併せ持つ、対捕鯨用の巨大人型重機が産まれるのである。


「……三、二、一」


 これで、五度目だろう。一瞬だけバイタルに反応があったものの、手先がピクっと動いただけで、すぐに活動を停止した。こいつは、難産かつ長くなりそうな気がしてきた。六度目の停電警報が鳴り響き、カウントダウンが開始される。


「三、二、一」


 轟音と閃光と共に、避電室の外が真っ暗な闇に包まれた。すかさず、私は羽差機の状況を確認するが……やはり、まだ起動されていない。次の放電を行おうと、電力部への合図を行ったら、どうも様子がおかしかった。


「ん? 電力が復旧しない?」


 いつも通りなら、電力が復旧するタイミングの筈だが、窓の外は暗いままだ。配電のトラブルだろうか。詳しい状況を聞こうとしても、誰からの応答もなく、避電室内にある緊急用の有線電話を取り出した瞬間だった。


「四種……警報」


 耳をつんざく警報音と共に、網膜内に第四種警報を知らせるアラート情報が視界いっぱいに現れたのだ。その意味は、艦内異常事態の事で、逃げ出した鯨の寄生虫が、こちらに侵入したという意味だった。

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