勝山コリン艦長
「勝山……コリン艦長!」
後ろに立った大物に驚いた私は、多分二百数年振りに、かかとを合わせて、背筋を伸ばし、二の腕を地面に四十五度程の角度で行う、船乗りの伝統的な敬礼を思わずやっていた。
「……もしかして、この羽差機建造に何か支障でもありましたか?」
「ああ、なおっていいよ。別にそうじゃないんだ、伊波ハチ上級技術彫師よ」
宇宙艦、あまつさえ戦闘能力も有する勢子艦隊の艦長というと、もっと恰幅の良い人物が務めているというイメージを未だ連想されてはいるが、勝山コリンの場合は、その真逆だった。身長は百三十センチ程、鯨べらを彷彿させる、見事な鋭角ツインテールの髪型を備えた彼女は、どう見ても、艦長制服を着せられている観光に来た十歳くらいの子供にしか見えない。カイパと呼ばれる
「それよりも、君にあの夢の話の詳細を聞きたいんだ」
「夢……ですか?」
「知らないのか、君の見ていた夢が、艦内の共有ネットワーク内でかなり話題になっているぞ」
「……はっ……はい?」
ミケのヤツ……あれ程、止めてと言った筈なのに、私が見た夢を勝手に、ネットに公開しやがって……次に会ったら、ぶん殴るどころか、レーザーノミで額に糞とでも掘ってやろうかと思った。
「夢とはいえ、地球の海の光景を見るのも久しぶりだったよ。あの解像度の高さは、やはり君も、地球へ訪れた事があるのか?」
「いいえ……そんな大層な身分じゃないです。私の家系は代々、勢子船を転々としながら、羽差機を彫っているだけの職人気質の一族ですから。あの海の夢も、私が若い頃に地球海洋地形学をかじっていたからでしょう。ニッチ過ぎて、すぐに廃止されちゃいましたけど」
「だが、そのニッチな学びが、波のイハチとしての実力を轟かせたんだろう? ワシの護衛機にも、君が彫った優秀かつ美形な羽差機が何体か配属されているよ」
「勿体ない言葉です……」
「それにあの夢には、白渚ツネカがいたな。あの一番銛のツネカが……ワシがいくら抱かせてくれと頼んでも、頑なに恋人がいるからという理由で断り続けたのは彼女だけだ。その恋人というのは、君だったんだな」
「……」
大体、不老不死になった人間は性欲が減退するものだが、勝山コリンという
「私が寝ている間、保田ツネカの遺体は……彼女を殺害したマッコウ級の紅鯨……トーマトは、見つかりましたか?」
「……いいや、我々もあの紅鯨群を探知してみたが、
「そう……ですか……」
「だが、君のような優秀な彫師が、再び起きて、こうして新しい羽差機を彫ってくれて大変助かるよ。一体の羽差機だけで、多くの人員を救い、多くの鯨を捕り、その鯨から産み出される資源によって、数百万もの命とインフラを救っているんだ」
「はい……ありがとうございます」
「それよりも、伊波ハチ……二百年前に君はワシと――」
大工房の外が何やら騒がしかった。何かあったのかと、コリン艦長に聞こうと振り返ったら、その艦長の姿が忽然と消えていたのだ。
「伊波ハチ上級技術彫師! あの、スケベババ……勝山コリン艦長がここへ来たという目撃情報があった! これから、漁協との定例会合があるっていうのに、サボろうとするあの大馬鹿者は何処だぁぁぁっ!」
こりゃまた、凄い大物が私の工房内にずかずかと殴りこんできた。鬼の副艦長として知られる鋸南トニが、二メートルもある身長を怒りで震わせながら、私を睨みつける……というか、メンチを切るという方が正しいかも。まるで、蛇に睨まれた蛙の気分だった。
「か、艦長なら……」、ここの工房内にいると言おうとしたら、コリン艦長は、そこの羽差機の足元に隠れていると伝えようとしたら、艦長は都合よく子供っぽい仕草と表情で、シーッ! と、いうジェスチャーで私に訴えていた。
「わ、私に挨拶した後、歓楽区画で遊んでくると言ってましたよ」
「歓楽だと! あの、下半身脳味噌の愚か者がっ! 捕獲次第、首輪をして紐でも通してやるからな! ……ん? その羽差機……」
私とコリン艦長は、同時にギクッとしたかもしれない。
「なんていうか……そっくりだな……ツネカと」
「……え?」
そう言って、トニ副艦長は、大工房の外へと飛び出して行った。申し訳なさそうに、隠れていたコリン艦長がいそいそと出てきた。
「すまないねえ……トニ副艦長は、ああ見えて、ベッドではかなり大人しく、カワイイ奴なんだけどね」
「へえ……ちなみに艦長がさっき、私に言いかけた事は何ですか?」
「ん? ああ……そうだった。二百年前に、ワシは君と寝た事はあるかなと、聞こうとしたんだよ」
「……艦長」
「うん、なんだい?」
「羽差機彫の邪魔になるので、今すぐ、私の大工房から、とっとと、出て行きやがって下さい!」
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