吊るし斬り

 私が所属している弩級型勢子艦勝山は、傍から見たら宙に浮く巨大な円柱……あるいは、全長が十キロ程の万華鏡筒といっていいだろうか。勢子艦の勢子というのは、かつて地球にあった日本という島国で行われていた捕鯨……勇魚取いさなとりが行われた際に乗っていた小船の名称だ。船の保存、促進、鯨除け、共同体の権威誇示の為に、鯨油の顔料などを使い煌びやかな花の模様をあしらった、カラフルで派手な塗装を施されていた。元々、勝山を含めた漁業共同体の親企業が、九十九重機と呼ばれる日系企業体で、その伝統を長らく受け継いでいるものらしい。勝山のトップコートには、今まで捕ってきた数多の鯨たちの鯨油顔料でコーティングされ、薄膜干渉によって、虹色にうっすらと輝いていた。


「伝統、といえばイハチ……すぐそこで観光客向けの吊るし斬りが行われるぞ、せっかくだから見ていくか?」


 吊るし斬り。その催事名を聞くのは、いつ以来だろう。確か……ツネカと一緒に見て以来だったかな。勝山では、捕鯨に従事する関係者だけではなく、悪印象のほうが強い捕鯨行為そのものを世間一般に、認知、啓蒙を行う為に、観光客向けの施設や、催事用プログラムが組まれる事がある。私は不漁の時期を経験している年月が長いせいか、捕鯨観光が再開されるぐらいに、鯨が捕れ続けている事に驚きを隠せなかった。


「この種類はスナメリ級と呼ばれ、三千鯨の中では、小型クラスのものになります。が、小型といえども、ご覧の通り、私の身長と同じくらいの高さ……実に十七メートル程の大きさがあります」


 客の多くは新鮮な鯨の刺身目当てだろう。大入り満員の催事用の円形ホールに、停滞場ステイシスによって、固定された小型の鯨がステージ上に逆さで吊り下げられていて、中堅の羽差機(結構な美形だ)が、手慣れた手付きで、大燈包丁の出力を上げながら解体を始める。ジュウジュウと、レーザーによって鯨の肉が焼ける匂いが、ホール内にたちこめてきて、起きたてかつ、ゲロを吐き出したばかりの、空っぽだった私の胃袋を刺激する。


 羽差機は腹から背中にかけて刃を食い込ませ、器用に素早く切り分けながら、鯨の骨と筋肉、心臓、肺、胃、腎臓、肝臓、腸などなどの部位の説明をする。無害な寄生虫を取り除いてから、わずか三十分後には、十七メートルの立派なスメナリ級は、原型を留めない、ただの肉片の塊と化していったのだ。


「はぐはぐ……結局、アレは観光客向けのパフォーマンスに過ぎない。んっぷ……あっしら大工なら、十分もかからず鯨を解体するさ」


 そんな偉そうな事をほざきながらも、ミケの口は刺身肉へかぶりつくのに夢中だった。きっと本土だったら、が買えるくらいの超が付くほどの高級品だろう。吊るし斬りの観覧者へのサービスで、さばいたばかりの新鮮な尾の身の刺身ブロックが、カッコーマン社製の天然醤油と一緒に振舞われる。その、ねっとりして、舌の中で瞬時に溶けるような良質の脂を持つ赤身肉の味に、私も夢中になり、舌鼓を打つ。


 ステージ上では、リンゴの皮むきのように、鯨の外皮を羽差機が綺麗に剥いでいて、切り落とした首から、頭蓋骨に穴を開け、巨大な脳をゆっくりと取り出した。皮にはコロと呼ばれる皮下脂肪があり、脳同様、不純物が少ない高濃度の鯨油が抽出される。その鯨油を亜調圧合成処理によって、鯨琥珀ホエールアンバーもしくは、ケートスエレクトロンと呼ばれる、恒星間航行時のワープコアエンジンに欠かせない、プラズマ収束レンズが精製できるのだ。


「鯨は骨の髄まで無駄にするな」というのが、勝山での社訓でもあり、こんな美味しい刺身から、ワープ航法まで汎用できる鯨という未知の存在には、未だ解明されていない部分も多々あった。


「ご馳走様でした! さてと……腹ごなしも済んだし、仕事の話の続きをしようか。食事の直後に言うのもアレなんだが、イハチ……未登録の倉庫内から、鯨のクソが、アンバーグリスが発見されたんだ」


 そして、その無駄にしない部分は、排泄物まで含まれていた。龍涎香アンバーグリスと呼ばれる鯨の結石。それは、先程までスナメリをさばいていた羽差機たちの、いわば本体のようなものだ。

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