第23話 覚醒

「――〝火の矢サグ・イグン〟!」

「――〝氷の矢サグ・グラック〟!」

 クローイとジェイドの二人が同時に魔法攻撃を放った。

 クローイは熱く燃え盛る矢を、ジェイドは凍てついた鋭い矢を、それぞれアーヴァインに向けて撃ち出す。

 ほぼ同時に着弾した魔法攻撃は対象に大きな爆発と、それに伴って濃い水蒸気が発生した。二つの攻撃が同時に作用し合って、攻撃力の増加と水蒸気による目隠しという副次的な効果を生みだしたのだ。

 三人は示し合わせたわけではなかったにも関わらず、同時に異なる方向からアーヴァインへと斬りかかっていった。まるで長年に渡って一緒に戦ってきたかのような連携だった。

 クローイとジェイドは日頃からお互いの剣を交えて訓練しているので、呼吸を合わせることは容易だったが……その二人のタイミングに、ライラはほぼ完璧と言わざるを得ない正確さで動きを合わせていた。

 正面からクローイが攻め、ライラとジェイドはそれぞれ左右から攻撃を繰り出す。

 もし並の騎士が相手なら、この波状攻撃を防ぐことはできなかっただろう。

 ……しかし、相手は並の騎士ではない。

 いや、もはや人ではない。

 彼女たちが相手にしているのは、人智を超えた存在そのものなのだ。

 アーヴァインは、ライラとジェイドの剣は避けることさえしなかった。唯一己の大剣で防いだのは、正面から来たクローイの剣だけだった。

 紅鐵こうてつの鎧は、二人の剣をまったく寄せ付けなかった。あまりの硬さに、むしろ二人の方が驚いたほどだ。

「ふん――ッ!!」

 アーヴァインが力任せに大剣を薙ぎ払う。

 クローイは弾かれ、二人は慌てて後ろに下がった。

「――ってぇ。かたすぎんだろ、おい……」

 ライラは手がジンジンと痺れていた。

 本気で斬りかかった分だけ、跳ね返ってくる衝撃も大きかった。まるで数センチプランクもある分厚い鉄板でも殴ったような感触だ。まるで手応えがなかった。

「――〝火の矢サグ・イグン〟」

 おもむろに手をかざしたアーヴァインが魔法を放つ。

 さきほどクローイが使ったのと同じ、炎の矢を生み出す魔法だった。

 ……だが、威力がまるで桁違いだった。

 炎の矢はもはや大砲の砲弾のような威力だった。

 クローイは慌てて避けるが、

「遅ぇッ!!」

 地を蹴ったアーヴァインが恐ろしい速さでクローイに襲いかかった。

 クローイは攻撃を避けきれない。何とか剣で受け止めるが、踏ん張ることができずそのまま吹き飛ばされてしまう。

「クローイ様!?」

「おっと、よそ見してんじゃねえぞ、ブルースターッ! ――〝氷の矢サグ・グラック〟!」

 今度はジェイドに向かって、氷の矢を放つ。

 さきほどの意趣返しのつもりなのか、それとも〝力〟の差をあえて見せつけてやろうというのか、アーヴァインは同じ魔法をあえて使い、攻撃を放つ。

「ぐっ!?」

 これもやはり、さきほどとは比べものにならない威力の魔法攻撃だった。

 ジェイドは何とか凍てついた矢を剣で受け止める。

 すると、矢が砕け散り、細かい欠片となってジェイドに襲いかかった。

 それは一つ一つがまるで銃弾のような威力だった。まるで散弾銃だ。

「ぐあッ!?」

 ジェイドがうめき声を上げて、右目を押さえた。どうやら欠片の一つが眼に直撃してしまったらしい。

 もちろん、その隙を見逃すアーヴァインではない。

 巨体からは想像も付かない速さで駆け、ジェイドに肉薄する。

 大剣を振り上げる。

 振り下ろした瞬間、ジェイドは死ぬ。

「――ッ!!」

 その光景が見えた途端、ライラは全力で駆け出していた。

 大剣が振り下ろされる直前、ライラが背後から襲いかかる。

 さきほどは避ける気配すら見せなかったライラの攻撃を、アーヴァインはなぜか警戒したように振り返り、大剣で受け止めた。

 火花と衝撃が散る。

 両者の剣が激突した瞬間、確かにアーヴァインの大剣が

「――」

 ほんの一瞬、アーヴァインから驚いたような気配が漏れた。

 その時、後方で光が生じた。

 瓦礫の中から立ち上がったクローイが魔法を放ったのだ。

 今度は矢というよりは槍だった。

 恐らく先ほどの魔法より威力が高い上位魔法なのだろう。

 ライラと剣を交えて拮抗していたアーヴァインはその場から動けなかったが、左手で火の槍を無理矢理掴んで止めた。

「こんのぉぉッ!! なめてんじゃ――ねぇぞッ!!」

 片手が大剣から離れた瞬間を狙って、ライラがさらに力を込める。

 大剣にわずかなヒビが入る。

 ライラが一歩踏み出すと、アーヴァインが一歩後ろに下がった。

 僅かだが、ライラの方が押している。

 そう見えたが、しかし――

「はははッ!! やるじゃねえかッ!! さすがは〝本物〟なだけあるぜッ!! だがなぁ――まだまだ足りてねぇなぁッ!!」

 アーヴァインが発する気配の密度がさらに増した。

 あふれ出す魔力はまるで濁流だった。周囲にあるものを全て飲み込んでいく。

 ……そう、アーヴァインはまだ全力を出していなかったのだ。

 三人が全力でかかってやっと拮抗できるほどの〝力〟ですら、魔人と化したアーヴァインにとってはまだ序の口だったのである。

「ふんッ!!」

 アーヴァインが右腕で大剣を振り払うと、たちまちライラは吹き飛ばされてしまった。建物の外壁に衝突した彼女の身体が、崩れた瓦礫に埋もれてしまう。

「ライラ!?」

 すぐさまクローイが駆け寄ろうとするが、

「他人の心配とは随分と余裕だな?」

「――」

 すでに、アーヴァインが背後に立っていた。

 至近距離で魔法攻撃が放たれる。

 クローイは爆炎に飲まれ、衝撃で吹き飛ばされ、ごろごろと地面を転がった。

「貴様ッ!!」

 ジェイドが背後から斬りかかる。

 しかし、遅い。いまのアーヴァインには、ジェイドの動きはあまりにも遅すぎた。

 振り向きざまにジェイドの顔を掴むと、そのまま地面に叩きつける。

 衝撃で一瞬、意識が飛ぶ。

 そこへアーヴァインは容赦なく蹴りを繰り出した。

 まるで物みたいに足蹴にされたジェイドの身体は、そのまま何十プランクも転がってから、壁に衝突してようやく止まった。

「ぐ――くそ、ったれ――」

 ライラは地面に這いつくばりながら、アーヴァインを睨みつけた。

 黄金色の双眸からは、戦意は決して失われてはいない。

 けれど、その表情は限りなく絶望に近かった。

(強すぎる……こんなやつ、どうやったら勝てるんだ……?)

 途方もなかった。

 目の前に立つのはまさに〝化け物〟だ。

 これほどの〝力〟が破壊の限りを尽くせば、確かに数万人の死傷者などあっという間に出るだろう。

 いや、それこそ都市一つを壊滅させることなど容易いかもしれない。

「さて……最初の勢いだけは良かったが、もう終わりか? 思ったより呆気なかったな」

 アーヴァインが悠然と、クローイへ近づいていく。

 クローイは地面に倒れたまま、立ち上がることができない。

 このままではクローイが殺されてしまう。

 ライラは地面を這ってでも、クローイの元へ向かわねばならないと思った。

 でも、身体が動かない。

 どれだけ腕を伸ばしても、その手はまったくクローイには届かない。

 声を出そうとしても、ひゅーひゅーとした音が漏れるだけだ。

(ダメだ、このままじゃクローイが――)

 ライラはとにかく必死に手を伸ばした。

「……アーヴァイン、貴様如きがクローイ様に近寄るな」

 その時、ジェイドが立ち上がった。

 アーヴァインの歩みが止まる。

 ほう、と感心したように振り返る。

「その状態でまだ立ち上がるか。さすがはクラレンスの娘だな」

「……なに? 貴様、父のことを知っているのか?」

「ああ、よく知っているとも……素晴らしい騎士だったさ。だから、おれはやつをに選んだ」

「……被験体? 待て、いったい何の話だ?」

 ジェイドは困惑する。

 アーヴァインはくぐもった笑い声を上げた。

「くくく……一つ、良いことを教えてやろう、クラレンスの娘。ジェイド・ブルースター……貴様の父はな、まだ試作段階だった賢者の石の被験体に選ばれた最初の貴族だったんだよ」

「――な、に?」

「もちろん、クラレンスには具体的なことは教えなかった。ただ〝新兵器〟だと言って、賢者の石を使わせた。するとまぁどうだ、やつは賢者の石に自我を奪われ、あろうことか味方を殺し始めちまった」

「――」

「それに、あれはまだまだ本当に不完全だった。だから魔人化することもなかった。そのせいで、周りから見ればやつはただようにしか見えなかっただろうな。そんでまぁ、やつが暴れたおかげで騎士団が一つ壊滅した。やつが敵に寝返ったという話にしたのは、賢者の石のことを隠蔽するためだ。そのせいでクラレンスは〝裏切り者〟になった――つーわけよ。ははは、あいつには悪いことしちまったなぁ……あれがなかったら、あいつは今ごろ四人目の英雄になってたかもしんねえのにな」

「――全て、貴様のせいだったのか?」

 呆然とした様子でジェイドが問うた。

 アーヴァインはあっけらかんと頷いた。

「ああ、そうだ。ま、でもあれだ。あいつのおかげで、かなり必要なデータが手に入った。おかげで――こうして、賢者の石が完成した。クラレンスには感謝してるぜ?」

「――ッ!!!!」

 ジェイドは狂ったように叫び、アーヴァインに斬りかかっていた。

 アーヴァインは片手でジェイドの剣を止めてしまう。大剣を使うことすらしない。

「貴様の、貴様のせいでッ!! わたしたち家族がどれほどの屈辱を味わったかッ!! 貴様だけは――貴様だけは、何があっても絶対に殺してやるッ!!」

「はははッ!! 良い面構えになったじゃねえかッ!! だがなぁ――そんな〝力〟で、おれをどうやって殺すんだッ!? ええッ!?」

 アーヴァインがジェイドの剣を握りつぶした。

 刃が砕け散る。

 ……両者の差はあまりにも圧倒的だった。

 どれほどジェイドが怒りに身を焦がし、アーヴァインを殺そうとしたところで、それは何をどうしても不可能だった。

 アーヴァインはジェイドを〝力〟でねじ伏せた。

 あえてなのか、剣すら使わず、ジェイドを地面に叩きつける。

「ジェイド!?」

 ライラは思わず叫んでいた。

 その声はジェイドには届かない。彼女は大量の血を流し、ぴくりとも動かないまま、地面に倒れていた。

「さて……」

 アーヴァインは踵を返すと、再びゆっくりとクローイに近づき始めた。

「クローイ、逃げろ!」

 ライラは叫んだ。

 しかし、クローイは気を失っている。

 自分が駆け寄ろうにも、身体は動かない。

 ジェイドは生きているのかも不明だ。死んでいると言われても、まるで不思議はない。

 アーヴァインがクローイの頭を掴み、無造作に身体を持ち上げた。

「……こんな形でてめぇをこの手にかけるとは思っていなかったが、まぁしょうがねえ。ここで殺しておかなかったら、いずれ最大の脅威になるだろうからな……恨むなら、誤った選択をした自分自身を恨むんだな」

 ぐっ――とアーヴァインの手に力が籠もる。

「やめろおおおおぉぉッ!!!!」

 ライラは拳を叩きつけ、必死に立ち上がった。

 彼女を動かしたのはもはや気合いだけだった。

 ライラは驚異的な精神力だけで、アーヴァインに立ち向かっていった。

 だが――

「邪魔だ」

 振り向きざまにアーヴァインが腕を振るう。

 それだけで、ライラは呆気なく吹き飛ばされた。

「かは――ッ!?」

 また無様に地面を転がった。

 視界がぼやける。

 身体のあちこちから血が溢れていた。もう身体の感覚はほとんど無いのに、自分の身体からいのちが零れていく感触だけはあった。

(くそ、くそ――ッ!! ダメだ、このままじゃクローイも、ジェイドも、みんな死んじまう――)

 迫り来る死の気配に、ライラは恐怖よりもただ悔しさと焦りを覚えていた。

 ここで自分が死んでしまったら、誰が二人を助けるというのか。

 ライラは二人を死なせたくなかった。

 これはもう理屈ではないのだ。

 死なせたくない。

 死んで欲しくない。

 ライラの心にあるのは、ただそれだけだった。

 ……けれど、これ以上はもう無理だった。

 ライラのいのちはどんどんと零れ落ちていく。

(くそ、くそ――)

 歯を食いしばり、必死に手を伸ばす。

 指先すら、どこにも届かない。

 視界が暗転し、全てが闇に沈んでいく。

 ……その闇の中に、ライラは確かに見た。

 周囲の闇よりも、さらに濃い、人の形をした闇――〝影〟の姿を。


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 気が付くと、ライラはとても妙な場所にいた。

 周囲はなぜか真っ白だ。

 目印となるものが何も無いので、空間の大きさはよく分からない。とても狭いようにも見えるし、途方もなく広いようにも見える。

「……なんだ、ここ?」

 どうして自分がこんなところにいるのか、まったく分からない。

 それどころか、自分がついさっきまで何をしていたのかすら、ライラは曖昧になっていた。

 何か忘れているような気がする。

 はて、いったい何だっただろう――

「そ、そうだ!? クローイとジェイドは!? あいつらはどうなったんだ!?」

 すぐに思い出した。

 ライラは慌てたようにその場から駆け出す。

 と言っても、ここがどこなのか、それは彼女にもさっぱり分からない。

 広さはもちろん、時間の感覚すらよく分からない。

 かなり長い時間を走ったようにも思えるし、あっという間だったようにも思える。

「くそ、なんなんだよここは!? 早く戻らないといけねえのに――」

 どこまで行っても何も変わらない空間の中で、無駄に焦燥感ばかりが募っていく。

 ……ふと、背後に気配を感じた。

 振り返ると――そこに〝影〟が立っていた。

 ぞっとした。

 すると、いきなり真っ白な空間が黒に塗りつぶされていった。〝影〟の足元を基点にして、全てがあっという間に黒になってしまった。

 あちこちから〝黒い手〟が這い出してくる。

 ライラはあっという間に、手足を〝黒い手〟に掴まれ、動けなくなってしまった。

「くそ、なんだこれ!? 離しやがれ!」

 無理矢理振り払おうとしたが〝黒い手〟はまったく離れない。

 ひた、ひた――と〝影〟がゆっくりと近づいてきた。

 眼前に〝影〟が迫る。

 ライラは思わず息を呑んだ。

 これほど至近距離で〝影〟の顔を見るのは初めてだったが、そこには本当に何も無かった。眼も、口も、鼻も、何も無い。

 なのに、感情だけは伝わってくる。

 憎悪。

 憤怒。

 嫉妬。

 恐怖。

 絶望。

 悔恨。

 疑念。

 嫌悪。

 ……そいつはまるで、人の形をした負の感情そのものだった。

 人の心の中には、自分自身ですら底が見えない底なしの穴がある。

 そいつはまるで、その穴の中から這い出してきたかのようだ。

『――〝敵〟を、殺せ』

 〝影〟が言った。

 ライラは〝影〟を睨みつけた。

「またそれかよ。〝敵〟? てめぇの言う〝敵〟ってのは、いったい誰のことなんだよ?」

『――〝敵〟を、殺せ』

 〝影〟は問いに答えない。

 ただ、同じ言葉を繰り返すだけだ。

 もはやこれは対話ですらない。

 ……なのに、ライラは心のどこかで〝影〟の言葉を受け入れている自分がいることに気が付いていた。

 敵。

 そう、敵だ。

 敵はどこにでもいる。

 自分自身や大切な誰かを守るためには、敵を殺すしかない。

 それは真理だ。

 敵が存在する限り、平穏は決して訪れはしないのだから。

 守るため、平穏を得るため、人は敵を殺し続ける。

 それは正当な理由だ。

 人はいつだって正当な理由で人を殺す。

 ……だが、それは果たして本当に正しいことなのだろうか?

「てめぇがいったい何をのか知らねえが……オレには殺すための〝力〟は必要ない。オレに必要なのは――守るための〝力〟だ。死んで欲しくないやつらを、死なせないようにするための〝力〟さえあれば、それでいい」

『――〝敵〟を、殺せ』

「うるさい」

『――〝敵〟を、殺せッ!』

「黙れ」

『――〝敵〟を、殺せッ!!!!』

「うるせぇえええええええッ!!!!」

 ライラは纏わり付く〝黒い手〟を力任せに引きちぎり、目の前にいる〝影〟の身体の中に手を突っ込んだ。

 〝影〟にヒビが入る。

 すると、黒い空間の全てにも同時にヒビが入った。

「ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねえ。さっきも言ったけどよ――オレの〝敵〟はオレが決める。オレに指図するな。てめぇはさっさと――オレに〝力〟だけ寄越しやがれッ!!」

 ライラは掴んだ〝何か〟を思いきり引っ張り出した。

 彼女が掴んでいたのは、光そのものだった。

 深く昏い底なしの闇の中から、掴み取った一握りの光。

 〝影〟と空間にさらなる亀裂が入る。

 空間全体が震え出す。

 ライラは光を掲げた。

 黒い存在は全て砕け散る。

 同時に、溢れ出しだ光が全てを飲み込んでいった。


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 ……アーヴァインは〝力〟に酔っていた。

 まさに全知全能。

 この〝力〟さえあれば、自分自身がいずれは〝神〟にすらなれるのではないか――そう錯覚さえ覚えるほどの圧倒的な〝力〟だった。

 誰も自分に敵う存在などいない。

「……そうだな。気が変わった。どうせなら、もうすぐにでも〝計画〟を始めちまってもいいかもしれねえな。この〝力〟さえあれば、誰にもおれを斃すことはできねえんだからな――」

 アーヴァインの思考は間違いなく〝力〟に浸食されていた。

 これまで〝計画〟は用意周到に準備されてきた。

 ここまで来たのだから失敗は許されない。

 決行するためにはいくつかの条件がある。

 なんせこの国を――いや、世界そのものを作り替えようというのだ。生半可な覚悟や準備で出来ることではない。

 だが……いまのアーヴァインには、そんなことは全て些事に思えてならなかった。

 むしろ、なぜ今までそのようにちまちまとつまらないことをしてきたのか、自分で不思議に感じているほどだった。

 これほどの〝力〟を持っていたのに、どうしてすぐにでも〝計画〟を実行しなかったのか。

「クローイ、ありがとよ。おれの目を覚ましてくれて……てめぇを殺したら、すぐにでも〝計画〟を開始するとしよう。てめぇの命が消えたその瞬間が――新しい世界の始まりの瞬間だ」

 アーヴァインが手にぐっと力を込める。

 そのまま、クローイの頭を握りつぶそうとする。

「――」

 ……まさにその瞬間だった。

 突然、アーヴァインはクローイから手を離してしまった。

 

 いま、自分は確かに唯一無二の存在だった。

 誰も自分には勝てない。

 もっとも神に近い存在。

 到達できる存在など他にいない。

 その絶対的な確信が揺らぐ〝何か〟の気配を、アーヴァインはすぐ背後から感じ取ったのだ。

ゆっくりと振り返る。

 そこに、もう一人の〝魔人〟が立っていた。

 全身が完全に硬質化し、まるで鎧をまとったような姿。

 アーヴァインと違うのは、その鎧が眩い白銀ということだった。

「……なん、だと」

 呆然と言葉を漏らす。

 視界から白銀の魔人が姿を消す。

(消えた!? いや、違う――)

 アーヴァインはハッと下を見た。

 すでに相手が懐に入り込んでいた。

 回避は不可能だった。

 白銀の魔人が放った回し蹴りが、アーヴァインを吹き飛ばした。

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