第10話 今後の方針
見張りに立っていた憲兵たちが、突如として現れた
ダニエルは
彼は見張りの憲兵たちのことなど気にもせず、当然のように憲兵隊の本部へと入っていった。
現在、この憲兵隊本部は第一中央騎士団が一時的に接収し、今回の任務における活動拠点としていた。
第一中央騎士団長はダニエルである。ならば彼がこの騎士団においてトップのはずだが、彼には従うべき上官がいた。その人物の采配を仰ぐために、彼はここまでやって来たのだ。
「アーヴァイン様、ダニエルです」
本部長室、と書かれた部屋までやって来た。ドアをノックして名乗り上げると、すぐに室内から返答があった。
「入れ」
「はっ」
ダニエルは室内に入り、すぐに最上位の礼の姿勢になった。床に片膝をつき、深く頭を垂れる姿勢だ。
ダニエル・スリニヴァサンはこの国の大貴族だ。スリニヴァサン家と言えば、この国の貴族社会ではかなり名の知られた家名である。
そのような身分にある彼が、自ら率先して最上位の礼を尽くす相手――アーヴァインと呼ばれた男が、ゆっくりと彼を振り返った。
「どうした、ダニエル。わざわざここまで来るとは――何があった?」
とても屈強な身体をした大男だった。
ただそこにいるだけで、部屋の空気が大きく変わるほどの威圧感を振りまいている。顔つきもかなり凶悪だった。
部屋の中には本来の本部長である男の姿もあったが、本部長の執務机に座っているのはアーヴァインで、本部長は後ろにまるで付き人のように立っていた。
「それが……不測の事態が起きまして。先ほど、クローイ殿下と
「……クローイが? 詳しく話せ」
ダニエルは事の経緯を説明した。
「――というわけで、憲兵どもの不手際もあり、一度は見つけた対象を取り逃がしてしましました」
「……なるほどな。例の騎士団か。はは、あいつの〝道楽〟っぷりもここまで来るとなかなかのもんだな。まさか本当に自分で騎士団を創っちまうとはなぁ……身内としてはなかなか面白えやつだとは思うが、さすがにこうなってくると話が少し変わってくるな」
「いかがいたしましょう? さすがに相手が王族となると、暗殺するのも難しいですし……」
「そういうことなら仕方ねえ。おれが動くとしよう」
そう言って、アーヴァインは椅子から立ち上がった。
ダニエルは驚きに眼を見開いた。
「アーヴァイン様が直接動かれるのですか? しかし、それは危険では……いまあなたの所在が王国側に知られてしまうと〝計画〟そのものが露呈する可能性もあります」
「かもしれんな。だが……状況が変わった。クローイはかなり厄介な相手だ。頭の固い貴族院の大貴族どもはあいつのことを〝道楽王女〟などと呼んじゃいるが……あいつは恐ろしく頭がキレる。まるで未来が見えているみたいにな」
「未来が……? まさか、殿下にはライオネス大王様と同じ〝未来視〟の魔法が使えるのですか!?」
「さて、どうだかね。本人からその話を聞いたことはないが……あいつはいまここにいる――それが何よりの証拠だとは思わないか? 今まさに、これからおれらがこの王国をひっくり返そうって時に」
「それは……」
「ここはやはり、おれが動いた方がいいだろう。何よりあいつは腕も立つからな……なんせ我が国で〝最強〟と呼ばれた騎士の愛弟子だ。まともに戦ったらお前らじゃクローイには勝てねえだろう。とにかく切裂号をさっさと見つけて〝賢者の石〟を回収する必要があるな――おい、本部長殿よ」
「は、はいっ!? なんでございましょう!?」
まるで置物のように立っていた本部長が、跳び上がるほど驚いてから、すぐに最上位の礼の姿勢に入った。
アーヴァインは顎を撫でながら、彼に軽い調子でこう言った。
「悪いけどよ、もう少しばかり兵隊を貸してくれや。切裂号を見つけるのにもうちょい人手が必要なんでな。おれが連れてきた
「……そ、その、アーヴァイン様、まことに怖れながら、一つだけ申し上げさせていただいてよろしいでしょうか?」
「――平民。貴様、まさかアーヴァイン様に口答えするつもりか?」
ダニエルがわずかに腰を浮かした。
それだけで本部長は震え上がったが、アーヴァインが軽く手で制した。
「いい、ダニエル。で、なんだ? 構わず言ってくれ」
本部長は大量の冷や汗を流しながら、何とか言葉を絞り出した。
「げ、現時点で切裂号の捜索にはかなりの人員を割いております。これ以上、憲兵の人員をそちらに注力してしまうと、通常の警務に支障が出てしまい、
「……ふむ。なるほどな」
アーヴァインは思案するような顔になった。
その様子を見た本部長は、わずかな希望を抱いた。もしかしたらこちらの言うことを理解して、その上でせめて少しくらいは融通を利かせてくれるのではないか――と思ったからだ。
だが――
「そっちの理屈は理解した。だが、それはおれたちには関係のねえ話だな」
「え?」
「なあ、本部長殿よ」
アーヴァインは本部長の前にしゃがみ込み、にやりと凶悪な笑みを浮かべた。
「お前らはこれから殺す家畜の命乞いを聞いたりするか? おれには家族がいるから肉にするのは待ってくれなんて言われて、お前は手を止めるのか?」
「――」
「聞かねえよな? なんかブヒブヒ言ってらぁ、くらいにしか思わねえよな? おれも同じだよ。お前らがなに言っても、おれにはブヒブヒ言ってるようにしか聞こえねえんだよ。てめぇらは何も考えず、ご主人様であるおれらの指示に従ってりゃいいんだ。次につまらん口答えをしたら、物理的に本部長の首をすげ替えるぜ? 分かったか?」
「――ッ!!」
アーヴァインの言葉に、本部長は必死に何度も頷いた。声も出せないほど恐ろしかったのか、ただ無言でひたすら、必死に首を縦に振り続けた。
それを見たアーヴァインは、ぽんぽんと軽く本部長の肩を叩いてから、再び立ち上がった。
「さぁて、そんじゃいっちょ
アーヴァインが少し気合いを入れると、部屋の中に凄まじいほどの魔力が渦巻き始めた。
その圧力は、魔力を一切持たない平民にとってはかなりキツイものだった。本部長はまるで水中に放り込まれたかのように息が出来なくなってしまい、すぐに慌てて部屋から逃げ出していった。
(こ、これがあの栄光戦争で〝英雄〟と呼ばれたアーヴァイン様の〝力〟か。何と言う凄まじさだ)
同じ貴族であるダニエルでさえも、アーヴァインの持つ圧倒的なまでの魔力量に思わず息を呑んでいた。根本的にレベルが違う――と、そう思った。
……男の名はアーヴァイン・セクンドゥス・パノティア。
現国王の実弟にして、クローイの叔父にあたる人物であり――そして、この国で〝英雄〟と呼ばれている男だった。
μβψ
(……宿って言うからてっきり西側の高級ホテルにでも行くのかと思ったけど……東側によくある安宿じゃねーか)
クローイたちがやってきたのは、イースト・エンドにほど近いところにある安宿だった。まぁ安宿と言ってもライラの部屋よりは上等なところではあるが、とても王女様が寝泊まりするような場所でない。
室内にはベッドが二つあって、テーブルが一つ、椅子が二つ。ソファもある。広さはまぁまぁ。クローイとジェイドはテーブルについて何やら話し合っているので、ライラはソファの上で寝っ転がっていた。
「……ということはつまり、こういうことですか? クローイ様は中央騎士団の捕まえたこのヴィルマルスを、横からかっ攫ってきた――と?」
「まぁそういうことになるかしらね」
「いやだいぶ思い切りましたね!? それはさすがにまずくないですか!? 完全に手柄の横取りじゃないですか!?」
ジェイドが何やらエキサイトしていた。
一方、クローイは涼しい顔だった。
「あら、横取りとは失礼ね。わたしは冤罪を未然に防いだだけだわ」
「でも、向こうがあいつを切裂号だと言ったんですよね? じゃあそうなんじゃないんですか?」
「そうね。仮に事実がどうであれ、彼らがそうだと言えば、そうなってしまうでしょうね。彼らにはそれだけの権力があるのだし」
「なあ、それってさっきの連中の話してんのか?」
ライラも横から会話に混じった。
ジェイドは鬱陶しそうな顔をしたが、クローイは普通に応じた。
「そうよ。彼らは第一中央騎士団――あなたを捕まえようとしていた男がダニエル・スリニヴァサン。彼が団長よ」
「騎士団ってそんないくつもあんのか? 確かお前らも騎士団だろ?」
「中央騎士団は全部で三つある。第一中央騎士団はその内の一つだ。そして、我々はどこの中央騎士団にも属していない新たな騎士団――〝
「しんえー騎士団? なんだそりゃ、ダッセー名前だな。誰が考えたんだよ、そんな名前。ははは」
「……それね、考えたのはわたしなの」
ライラが笑っていると、クローイが控え目にぼそりと言った。顔がちょっとションボリしていた。
「何日も寝ずに考えて、自分ではすごいかっこいい名前が出来たと思ったんだけど……そう、あんまりかっこ良くなかったのね……」
シュバッ!! とすごい勢いでジェイドがライラの首根っこを掴んで部屋の隅に連れて行った。
「――平民、すぐにさっきの言葉を訂正しろ。さもないと殺す」
ジェイドはかなりマジな眼でライラに剣の切っ先を突きつけた。
本当に殺されそうだったので、ライラは無言で何度も頷いた。
「い、いや、まぁ改めて聞くとそう悪くないかもなぁ」
解放されたライラは少し棒読みで言った。後ろからはジェイドの殺気がひしひし伝わってくる。
クローイはすぐに顔をパッと輝かせた。
「え? 本当?」
「あ、ああ。なんつーか、そうだな……イカしてる名前だな!」
「イカしてる? それってどういう意味?」
「あれだ、最高って意味だよ」
「まぁ、そうなの? そう言って貰えると嬉しいわ。ありがとう、ライラ」
クローイはとても嬉しそうな顔をした。
「ま、まぁ別に……」
その本当に嬉しそうな顔に、なぜかちょっとライラは照れてしまったが……すぐにハッとなった。
(って、何でオレが貴族のご機嫌なんざ取らなきゃなんねーんだ!?)
貴族なんて平民の敵だ。貴族を恐ろしいとは思っていても、本気で〝神の従者〟などと敬っている平民は誰もいない。
……だが、ライラはほんの少しだけ、こんなことを思った。
(……でもまぁ、こうして笑ってるとあれだな……なんか〝普通〟だよな。そこらへんにいるガキとそう大して変わんねーっつーか)
これまでライラの想像していた貴族というのは、ダニエルやジェイドのような高圧的なものだった。しかし、何と言うのか……クローイはまったくそうではない。まるで本当に友人のように接してくる。
馴れ馴れしいと言えばそうなのだが、ライラはそれをあまり鬱陶しく思っていなかった。彼女自身、どうしてそう思うのか、自分でも分からなかった。
「それで、クローイ様。これからどうするんですか? まさかこいつの言うことを信じて、その本物の切裂号とやらを探すつもりじゃないでしょうね?」
ジェイドが先ほどの話を続けた。
クローイはすぐに頷いた。
「ええ。もちろん、そのつもりよ」
「……本気ですか?」
「もちろんよ。だって、わたしはライラが切裂号だなんて思っていないもの。だいたい、連続殺人鬼が街中でからまれてる女の子をわざわざ助けると思う?」
「ん? 何の話ですか?」
「こっちの話よ」
クローイはくすりと笑って、軽くライラに視線を向けた。今朝のことを言っているのだろう、とライラは気付いた。
「……ふん」
ライラは何となくクローイの視線から顔を背けた。自分でも似合わないことをした自覚はあったからだ。ようするに気恥ずかしかったのである。
「でもジェイド、よく考えてみて。これってかなり妙じゃないかしら?」
クローイはジェイドに視線を戻した。
かなり真剣な顔だ。
「妙、と言いますと?」
「だって、
「それは単純に、切裂号が魔人だと最初から分かっていたからでは? 向こうがそう言ったのですよね? 切裂号は魔人だ、と。魔人が相手なら、騎士団が動くには十分な理由だと思いますが」
「そうよ。確かにそう言った。でも、だとしてもどうして彼らはそれを知っているの? 彼らがここにいるのは、恐らく正規の任務じゃないわ。けれど、魔人が相手なら必ず王命が出ているはず……なら、こちらの耳に入らないわけがない。それにダニエルは市民に知れ渡ってパニックが起きないためとか言っていたけれど……彼がそんなこと気にするかしら? もし本当に正規の命令で魔人を討伐するために動いているのだとすれば、それこそ手段を問わずさっさと実行しているはずだわ。こんなこそこそと動いているはずがない」
「……まぁ、それは確かにそうですね。では、一度
「それも考えたけど、でもその間に〝本物〟の切裂号が彼らに捕らえられてしまう可能性がある……だからそれは出来ないわ」
「なぜです? 確かに手柄は向こうのものになるでしょうが、事件が片付くのであれば、それはそれで良いのでは?」
「別に手柄が欲しくて言ってるわけじゃないのよ。これはあくまでもわたしの勘でしかないけれど……多分、何かあるのよ、切裂号には。わざわざ第一中央騎士団が秘密裏に動かなければならないような理由が」
「ふむ……その理由というのは?」
「そこまでは分からないけど……」
2人の会話を聞いていたライラはふと、ダニエルに押さえつけられた時のことを思い出した。
「……そういや、あの野郎なんか言ってやがったな」
「え? 何かって?」
「オレを捕まえた時、なんか言ってやがったんだよ。オレをなんかの素材にするだの何だの、って」
「……素材にする? それはどういうことだ? 処刑するというのなら分かるが……」
「オレが知るかよ。そんなこと言ってたな、って思い出しただけだ」
「ライラ、ダニエルは他にも何か言ってなかった?」
「うーん……あ、そうだ。確か〝けんじゃの石〟がどうとか、ってのも言ってたな」
「……賢者の石? なんだ、それは?」
「だからオレは知らねーって」
「ふむ……クローイ様は何かご存知ですか?」
「いいえ、わたしも知らないわね……」
クローイは顎に手をやり、難しい表情を浮かべた。
「けれど、やはり彼らが何かの理由があって行動しているということは間違いないようね」
「あ、そうだ。あとこんな事も言ってたな。〝アーヴァイン〟に土産がどうとかって」
「……アーヴァイン? ライラ、ダニエルはアーヴァインと言っていたの?」
「ああ。知ってるやつか?」
「……」
「……」
クローイもジェイドも、お互いに顔を見合わせたまま、ライラの質問には答えなかった。というか聞こえていなかったようだ。二人の顔は、なにやらとても深刻なものになり始めていた。
「……いかがいたしますか、クローイ様? もし、もし万が一ですが……こいつの聞いたことが間違いなければ、これはもう単なる連続殺人事件の捜査ではありませんよ。魔人に第一中央騎士団……もしこれにアーヴァイン様まで関わっているのであれば、すでに我々の手に負える範疇を超えています。
「……いいえ、任務はこのまま続行するわ」
「何故です?」
「これはわたしの勘だけれど……もしこのまま我々がこの事件から手を引いてしまったら、何かとても良くないことが起こるような気がするの。うまく言えないけれど……」
「それは、この事件が〝例の夢〟に繋がるかもしれない――ということですか?」
「……かもしれない。確証はないのだけれど。でも、そんな気がするの」
「なぁ、アーヴァインって誰なんだ? そんなにやべーやつなのか?」
「貴様には関係のない話だ、平民」
「て、てめぇはいちいち言い方がイラッとするな……」
「ふん、それはこちらのセリフだ」
ライラとジェイドが再び睨み合いを始めそうだったので、すかさずクローイが口を開いた。
「と、とにかく、明日は朝になったらすぐに動くわ。その前にいまは休める内に休んでおきましょう」
「そうですね……では、クローイ様はをちらのベッドをお使いください。わたしはこちらを使います。平民、お前は床だ」(サムズダウンしながら)
「何でだよ!? せめてソファは使わせろよ!?」
「ふん、貴様など床で十分だ。そうでしょう、クローイ様?」
「え? ライラはわたしと同じベッドで寝るのよ?」
「え?」←ジェイド
「え?」←ライラ
「え?」←クローイ
3人はお互いの顔を見合わせた。
3人とも「え? なに言ってるの?」という顔だった。
最初に我に返ったのはジェイドだった。
「いやいやいや!? そんなの認められるわけないでしょう!? 危険過ぎます! 噛み付かれますよ!?」
「噛み付かねえよ!? オレは犬かよ!?」
「大丈夫よ、ジェイド。さ、ライラ。一緒に寝ましょう?」
「嫌だよ!? 何で一緒に寝る必要があるんだよ!? ソファでいいよ!?」
「……あら? でも友達ってそういうものじゃないの?」
「お前は友達を何だと思ってんだ!? 友達だからってそんなことしねーから!」
「そ、そうなの? そう、じゃあ仕方ないわね……けっこう楽しみだったのだけれど……」(しょんぼり)
「貴様ァ!? クローイ様のご厚意を無駄にするとは何事だ!? 不敬罪でしょっぴくぞ!?」
「お前はオレをどうしたいんだよ!?」
……色々あったが、結局ライラはソファで寝た。
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