第3話 変わり者の王女様と、連続殺人鬼の噂

「申し遅れました。わたしはクローイと申します」

「はあ、クローイねえ……」

 少女――クローイは丁寧に名乗った。口調から所作から、とにかく全てから金持ちの匂いがする。ついでに、さっきからほのかに良い香りもするが、それは恐らく彼女の香水か何かなのだろう。クローイがそこに立っているだけで、どこにでもある裏寂れた路地が一枚の絵画のように見えるほど、存在そのものが華やかだ。

「で、なんつったっけ? 切裂号だっけ? 切裂号っつーと、確かあれだろ? なんかいま話題になってる連続殺人鬼のことだろ? もう何人も殺されてるけど、まだ犯人が見つかってないっていう話の――」

 切裂号。

 それはここ最近、この東側で騒がれている連続殺人犯の通称だった。ライラも聞き覚えくらいはある名だ。

 何でも、すでに10人ほど殺されていて、被害者はみな刃物でズタズタに切り裂かれて殺されていたという話だ。それでつけられた名が〝切裂号きりさきごう〟である。

 犯人は未だに捕まっておらず、イースト・エンドに潜伏しているのでは、とも言われている。

 確かに、それは十分にあり得る話だった。犯罪者が憲兵隊から逃れるために身を隠す場所と言えば、イースト・エンド以上に都合の良い場所はない。

 イースト・エンドの人口は、この都市の行政を司る〝セントラル・スクエア〟でも把握していない。公的な地図もあるにはあるが、違法建築物が多すぎてほとんど役に立たない。実際に住んでいる人間ですら知らない区画に足を踏み入れたら道に迷うような場所だ。外から来た人間が人捜しなんてまず不可能と言える。

「そうです。わたしが捜しているのは、まさにその連続殺人鬼のことです」

「……よく分かんねーけど、なんでお前がそんなもんさがしてんの?」

「そうですね……まぁ強いて言えば、ただの〝道楽〟ですね」

「は?」

 クローイは笑顔を浮かべ、改めて言った。

「わたしが切裂号を追っているのは、単純にわたしの〝道楽〟のためです」

「……」

 この時、ライラは心の中でこう思った。

(うん、こいつ変なヤツだな)

 と。

 すると、それがそのまま顔に出ていたのか、クローイはくすりと笑った。

 自分が笑われたと思ったライラはややむすっとした。

「なんだよ?」

「いえ、申し訳ありません。今のはライラさんのことを笑ったわけではありませんよ? きっとまた変なヤツだって思われてるんだろうなぁ、と思って」

「自分が変なヤツっていう自覚はあるんだな」

「ええ、それはもう。わたしはいつも周囲から変わり者扱いばかりされていますから。なのであまり親しい友人もいません」

「そりゃ、わざわざ自分で連続殺人鬼を捕まえようとしてるやべーヤツと友達になりたいなんてヤツいねーだろ。オレだってゴメンだわ」

 その時、鐘の音が鳴った。定期的に時刻を報せる鐘だ。ライラはそれでハッとなった。

「やべ、もう仕事の時間じゃねーか!」

「これからお仕事なんですか?」

「そうだよ。だからワリーけどオレはお前のドーラクに付き合ってる暇はねえんだわ。オレみたいな貧乏人は自分の世話するだけで精一杯なんでな。とにかく金がねーと話になんねえんだ、金が」

「でしたら、わたしがお金を払います。それならイースト・エンドを案内してくれますか?」

「……は? お前が?」

「ええ。いかがでしょう?」

「なに言ってんだ、んなもんダメに決まって――」

 と言いかけて、ライラはふと思い直した。

(いや、待てよ? こいつマジで金持ってそうだし、いっぺんふっかけてみるか? お嬢様のお守りなら火石工場の日雇いよりは楽だろうしな)

 ライラがよく行く日雇いの現場は火石工場であることが多いが、ここでの労働はかなりキツイことで有名だ。無論それだけ賃金も良いのだが、重労働な上に死人が出ることも珍しくない現場だ。楽に稼げる方法があるならそれを利用するに越したことはない。

 ライラはわざとらしく咳払いしてから言い直した。

「……そうだな。まぁ金しだいだな」

「本当ですか?」

「ああ。まぁ3万クレンはもらわないと割に合わないかなー、なんて……」

「分かりました。3万クレンですね」

「え?」

「はい、どうぞ」

 クローイは何の躊躇いもなく、財布から1万クレン紙幣を三枚取り出し、ライラに渡した。

 ライラはそれを「お、おう」と戸惑いながら受け取る。ちなみに東側の日雇い労働者の一日の平均的な賃金は1万クレン、火石工場で2万クレンだ。3万クレンなど破格も破格である。

「……」

「……? どうしました? もしかして足りませんでしたか?」

「い、いや、うん。たしかに3万クレンだな。オッケー、なら話は決まりだ」

 ライラは紙幣を後ろポケットにねじ込むと、急に(少しばかりだが)愛想が良くなった。金の力は偉大である。

「んじゃあ、どこでも好きなところ連れてってやるよ。どこに行きたいんだ?」

「そうですね……それでは、怪しい人がいそうなところに連れて行ってください」

 ライラはまたコケそうになった。

「いやイースト・エンドには怪しいヤツしかいねえから!? どこもかしこも怪しいやつだらけだよ!?」

「そうなんですか? でも、先ほどの方々はそれですぐに了承してくれましたけど」

「自分が話しかけてる連中がだとは思わなかったのか、お前は……?」

 最初に聞こえてきた連中の笑い声の理由を、ライラは唐突に悟った。きっと同じ事をあの連中にも言ったのだろう。そりゃ声を出して笑うわけだ。

 やっぱこいつどっかズレてんなぁ……と思いつつ、ライラはわりと真面目に犯罪者が潜伏していそうな場所を考えてみた。金はもらったので、彼女はすでにこれは仕事と割り切っていた。

「そうだな……そんじゃまぁ、それっぽいところ行ってみるか」

「はい、是非お願いします」

「ところでさ、マジで切裂号が出てきたらどうやって捕まえるつもりだよ?」

「え? 取り押さえますけど?」

「……えっと、誰が?」

「もちろんわたしです。これでも腕っ節には自信あるので問題ありません」

 と、クローイはお上品な笑みを浮かべた。

 思わず上から下まで不躾に眺めてしまう。確かに肌の血色は良いが、別に体格がいいわけでもないし、もちろん筋力があるようにも見えない。

「……あ、そう。ならまぁ、出てきたら任すわ」

「はい、任せてください」

 ライラは深く考えるのをやめた。まぁどうせ金持ちの〝道楽〟なのだ。適当にやって、適当に満足してもらえばいい。これで3万クレンも貰えるのだから美味しすぎる仕事である。

「んじゃ、行くぞ

「……」

「ん? どうした?」

 ライラが振り返ると、ぼけっとしていたクローイがハッと我に戻り、急に嬉しそうな顔になった。

「いえ、すいません。人から呼び捨てにされたのは初めてだったので……呼び捨てで呼ばれるなんて、わたしたちもうまるで〝友達〟みたいですね!」

「いや、違うけど……?」

 やっぱり変なヤツだ。

 ライラは心底そう思った。

 とりあえず歩き出す。

(……それにしても、こいつの顔ってどっかで見たことあるような気がするんだよなぁ。どこだったっけ……?)


 μβψ


 クローイを連れてイースト・エンドを歩いていると、周囲からかなり奇異の目で見られた。それはそうだ。こんな場違いなお嬢様が歩いていたら、誰だってそんな顔になるだろう。もし自分が他人だったらあんな顔しているはずだ。

 だが、ライラが一緒にいて周囲に睨みを利かせているおかげか、わざわざ絡んでくるような相手は誰もいなかった。みんなただ遠巻きに眺めているだけだ。

「ねえ、ライラ。あれは何かしら?」

「あれは井戸だよ、井戸」

 クローイは周囲をきょろきょろしながら、手当たり次第に周囲を指差してはライラを質問攻めにした。正直鬱陶しかったが、3万クレンを貰っているのでライラはとりあえずこれも仕事の内だと割り切って答えていた。というかいつの間にか呼び捨てされている上にため口になっているが、それも気にしないことにした。

 人々が井戸を利用しているのを見て、ライラは思わずこんなことを言った。

「……ここの井戸はまだ使えるんだな」

「え? どういうこと?」

「最近はあちこち水の汚染がひどいからな。水が汚くて使えない井戸も多いんだよ。だからわざわざ遠くの井戸まで行ったりするし、何なら西側に近いテムゼン川まで水を汲みに行く必要もある。あっちは水がまだ綺麗だからな」

「最近の民下街デプスでは、どこの家も蛇口を捻れば水が出てくるんじゃないの?」

「そりゃ〝普通〟の家の話だろ? ここが〝普通〟に見えるか?」

 ライラは思わず肩を竦めていた。

「まぁオレの家は水が出るけどな。ここいらで水が出るなんて超優良物件だぜ? どこの水道から勝手に引っ張ってきてるか分かんねーけどな」

「……」

 クローイはなぜか立ち止まり、しばらく井戸から水をくみ上げる人々を眺めていた。ほとんどが女性か子供だ。彼女たちは自分たちが持ってきた容器に水を入れ、それを重そうに持って家に戻っていく。誰も彼も、みんな本当に粗末な服しか身につけていない。子供なんてみんな裸足だ。

 ライラにとっては見慣れた光景であるが、クローイはその光景をじっと見ていた。と言っても、別に痛ましい表情を浮かべているわけではない。その表情が、何だかライラには少し気になった。西側の連中は、自分たちをいつも『可哀想なものを見る眼』で見てくるものだが……そういう様子もないのだ。

 その時、2人の傍を歩いていた浮浪者のような男が何かにつまづいて転んだ。

 ライラは振り返っただけだったが、クローイはそれに気付くとすぐその男に駆け寄っていた。

「あの、大丈夫ですか?」

「――だ」

「え?」

「わたしの、わたしの家族はどこだ……? みんな、どこへ行ってしまったんだ……?」

 クローイが差し伸べた手には目もくれず、男は自分で立ち上がると再びふらふらと歩き出してしまった。

「あ、あの? 大丈夫ですか? 怪我は――」

「やめとけ、クローイ」

 男を追いかけようとしたクローイを、ライラが止めた。くい、と男のことを顎でしゃくる。

「あのおっさん、ここらじゃ有名なやつだよ。いつもあんな感じだ。もうがまともじゃねえんだよ」

 とんとん、とライラは自分のこめかみを指で叩いた。

 クローイは少し戸惑った顔をしながら、ふらふらと立ち去っていく男の背中を眺めていた。

「あの人は……何かあったの?」

「〝紅鐵号こうてつごう事件〟だよ」

「――え?」

 ライラも同じように、男の背中をぼんやり眺めながら続けた。

「ほら、あの12年前の……〝魔人まじん〟がこの王都に出た事件があっただろ。オレが聞いた話じゃあ、あのおっさんはそん時に家族がみんな死んじまったんだとさ。ああなる前は、まぁまぁの金持ちだったとかいう話だけどな。今じゃあんなんさ」

「……」

「……ん? どうした?」

 クローイがとても深刻そうな顔になっていたので、ライラは首を捻った。

 彼女は静かに頭を振った。

「……いえ、何でもないわ。でも――そう。ここにも、あの事件の犠牲者がいたのね」

「ま、ここいらじゃ珍しい話じゃねえけどな。それに、オレも無関係ってわけじゃねえしな」

「え? それって――」

 その時、風が強く吹いて、ライラの顔面に飛んできた新聞がべちん! と思いきり張り付いてきた。

「ってぇな!? なんでオレの顔に張り付くんだよ、この!」

 引き剥がしてくちゃくちゃにしようとしたが、ふとその手が止まる。

「……ん? こいつは確か……」

 新聞を広げ、そこに写っている写真をまじまじと眺め始める。もちろん字なんて読めないが、興味があるのは写真だった。

 そこには少女が写っていた。その顔はライラも知っている、とある有名人だった。

(こいつって、確か有名な王女様だったよな。貴族のくせに、平民の前によく姿を見せるで有名な――名前は……なんだっけ? 字が読めねーからわかんねえな)

 普通、貴族は平民の前に姿を見せない。

 なぜなら、彼らはいつも貴族街ハイツにいるからだ。

 王都クリューソスの民下街デプスは今や世界最大の巨大都市であるが、この都市もあそこにいる貴族たちから見れば、所詮はただの〝平民の街〟でしかない。どれだけ襾学かがくによる新しい技術で平民社会が豊かになり、相対的に平民の地位が上がっても、魔法という絶対的な力を持つ貴族が国家を統治する絶対支配者であることには変わりがないのだ。

 故に、ここにいるほとんどの平民にとって貴族は変わらずだ。彼らがどういう生活をしているのか、あの丘の向こう側がどんな街になっているのか、それを知っている平民は、彼らと接点のある一部の為政者、富裕層だけだろう。関わりのない平民たちは、そもそも貴族の姿すら見たことがないことがほとんどだ。

 そんな中で、王女様は頻繁に平民社会のメディアに姿を見せることで有名な変わり者だった。こんな風に貴族が平民に写真を撮ることを許すなんて行為自体、これまでの貴族像から考えればあり得ないことだ。

「……ん? んん?」

 ライラは不意に、新聞を広げながら、写真とクローイの顔を見比べ始めた。

 クローイが小首を傾げる。

「どうしたの、ライラ?」

「いや……この写真、なんかお前に似てるなって思って」

「どれ?」

 クローイがライラの横に並び、一緒になって新聞を覗き込む。距離が近くなると、ふんわりとした良い匂いがした。

「……この写真の人、民下街デプスでは有名なの?」

 写真をじっと見ながら、クローイはそんなことを聞いた。

 ライラは曖昧に頷く。

「ああ、まぁそうなんじゃね? オレはあんましよく分かんねーけど、有名なはずだぜ? 王女様が――っつーか、そもそもこんなふうに貴族が平民の前に出てくることなんてほとんどねーしな。名前は……なんだっけ。忘れちまったな」

「そう……まぁでもこうしてそれなりに顔が売れているのなら、最初の目的は達したと言えるかしらね」

「え? なんか言ったか?」

「何でもないわ。それよりライラ、少し新聞を貸して貰えるかしら」

 クローイはライラの手から新聞を受け取ると、王女様とは関係ない記事を読み始めた。

「……切裂号は果たして本当に〝魔人〟なのか」

 クローイがぽつりと呟く。恐らく新聞の見出しを読んだのだろう。

 彼女は続けて記事を読んだ。さすがは金持ちである。ちゃんと字も読めるようだ。

「……世間を震撼させている連続殺人鬼、通称〝切裂号〟は未だに足取りさえ分からない。しかし数多くの目撃証言によれば、それは人為らざる存在であることを予感させてならない。曰く、人のようで人ではなかった。暗闇に浮かぶ〝黄金の双眸〟を見たなど、真偽の程は不明だが、そういった証言は枚挙に暇がない――ね。ねえ、ライラ。あなたはどう思う?」

「どう思うって、なにがだよ?」

「切裂号が本当に〝魔人〟なのかどうか――よ。あなたは切裂号が〝魔人〟だと思うかしら?」

「んなもん、オレが知るかよ。でもまぁ……さすがにそりゃねえだろ。それがマジだったら、被害はこんなもんじゃねーだろ?」

「……そう、ね。もし本当に魔人が出現しているのなら、もっと大きな被害が出ているわよね」

 クローイは険しい顔のままそう言った。それはまるで、自分自身に言い聞かせているかのようでもあった。

「ところでライラ、さっきの言葉はどういう意味?」

「あん? なにが?」

「紅鐵号事件が、自分にも無関係じゃない――って」

「ああ……別に、あんまし深い意味はねえよ。行こうぜ」

 ライラはそれだけ言って、さっさと歩き出した。それ以上話す気はない、という態度だった。

 クローイもそれを察したのか、しつこく聞いてくることはなかった。

 歩きながら、ライラは自分の右腕を見下ろした。

(……ああ、そうだ。無関係じゃねえんだ……オレにとって、魔人のことや紅鐵号事件のことは――色んな意味で、他人事ひとごとじゃねえんだ)


 μβψ


 その後、二人は夕方まで一緒にイースト・エンドを歩き続けた。

 クローイはけっこう真剣に〝捜査〟をしている様子で、怪しそうな場所を見つけると自ら足を踏み入れ、通りすがりの人に聞き込みまで行っていた。

 加えて、彼女はやたらと地面や壁などを熱心に手で触れていたのだが、それについてライラが、

「なあ、それって何してんの?」

 と尋ねると、クローイは、

「〝痕跡〟を捜してるのよ」

 と答えた。

 素人がそんなことして何が分かるんだと思ったが、それ以上は何も言わなかった。まぁ好きなようにしてもらえばいいか、と思っただけだ。

 時々変な輩が絡んでくることもあったが、そういう連中はライラが力尽くで追っ払うか、もしくは追っ払う前にライラの顔を見てすぐに逃げていった。

(……にしても切裂号が〝魔人〟か。確かにそんな噂もあったな)

 ライラは先ほどの話を思い返していた。連続殺人鬼、切裂号が魔人なのではないか――という市井の噂のことだ。

 魔人。

 それはこの世界では、大いなる厄災を意味する言葉だ。その言葉を聞くだけでも、人々は本能的に恐怖を覚える。

 そして、その単語は決してライラと無関係ではなかった。


 ――この〝化け物〟めッ!

 ――近づかないでッ!


 かつての記憶が不意に脳裏を過る。叔父と叔母が、自分を〝ヴィルマルス〟だと知って豹変した時の記憶だ。

 ライラが無意識に自分の右腕を押さえながら歩いていると、不意に背後から得体の知れない〝気配〟をいきなり感じた。

「――」

 ライラは反射的にバッと振り返っていた。

 だが、そこには小首を傾げているクローイがいるだけだった。

「どうかした、ライラ?」

「……あ、ああ、いや……なんかいきなり背筋が寒くなった気がして……気のせいだったか……?」

「……」

 ライラは首を捻った。気配はもうすでに消えていた。

 ……彼女は気付いていなかったが、この時クローイがなぜか険しい顔でライラのことを見ていた。それはまるで、何かを見定めているかのような視線だった。

 その時である。

 突然、数ブロック離れたところで爆発が起きた。

 暗くなり始めていたイースト・エンドの中に、大きな火柱が上がるのが見えた。

「な、なんだ!?」

 ライラが振り返って驚いていると、そのすぐ脇を黒い影が一瞬で駆け抜けていった。

 クローイだった。

 かなりの速さだった。とても温室育ちのお嬢様とは思えないような機敏さだ。慌てて呼び止める。

「あ、おい!? どこ行くんだ!?」

「ライラはそこにいて! 危ないからそこから動いてはダメよ!」

 そう言いつつ、

「……は?」

 ライラは眼が点になった。

 今のはどう見ても人間業ではなかった。目の錯覚かと思ったが、彼女は確かに身一つで何十プランクという高さを飛び越えて行ってしまったのである。

 普通、平民にそんなことはできない。

 仮にそんなことができるとすれば……それは人智を超えた〝力〟を持つ、特別な人間たちだけだろう。そう、それは例えば――

「いや、そんな〝貴族〟の連中じゃあるまいし……」

 呆然としていると、今度は頭上から急に〝何か〟が降ってきた。

「――え? うお!?」

 慌てて避ける。

 降ってきた〝何か〟が、ライラのすぐ近くにした。どん、と鈍い音がして、地面に蜘蛛の巣のようなひび割れが走る。

「――ギ、ギギ、ギギギ」

 ……そこにいたのは、紛れもなく〝化け物〟だった。

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