浅い眠り
@8163
第1話
また一晩中、浅い眠りの中で過去の女達が入れ替わり立ち替わり現れて、ああでもないこうでもないと文句を言うが如き表情で口を尖らせ、まるでパントマイムに口を合わせてアフレコをしているような塩梅だ。
その衣装はと言えば薄く透けているレースのように肌の色までも記憶の中と一緒で、耳元など薄紅色に染まって羞じらいが感じられるのたが、恥ずかしいなどと思ってはいないのだ。興奮が隠しきれないだけなのに、決して、そうとは言わない。言えば負けだと言わんばかりで、決して自分から好きだとか愛してるとかは言わない。勿論キスしてとか触って欲しいなどと言う筈もなく、全て此方から仕掛けられて仕方なく従った風を装おう。
意味深な眼差しで見つめて此方の行動を促し、時には挑発するように腰をくねらせて歩いたりする。それでもその気にならないの見るや、今度は怒って掃除をし出しでどいて!゙と、此方を粗大ゴミ扱いする。
何なんだ。俺はお前の奴隷か? 自由な連想をして思いを羽ばたかせて空想の世界で遊んではいけないのか? まさか、それは許されない事で四六時中お前の事ばかり考え、空想し、思いやらねばならないのか? 良い女はお前ばかりじゃない。目移りはするさ。
不思議な事に昔の、あれほど恋い焦がれた女よりも最近の、それほどでもない女を頻繁と思い出す。お前だって別れたのなら思い出すさ、それは決まっているが、今を思い出す事はない。昨日の夕御飯など忘れているが三年前の蟹鍋は思い出す事があるだろう。とても言えないが、幾ら美人でも飽きるんだよ。むしろブスの方が忘れられない。末摘花と言いたいが、あれは女が書いた物語で、ブス専の男が存在するのを知っていたのか? 美女のナルシズムはあたり前の事で、それがブスにもあるとは新発見の彗星にも等しい。天文学の世界では命名権は此方に有るわけで、ブスな彗星ならば多分、歪な、凸凹だらけの痘痕のような星に違いない。だが遠くから眺めたのなら、そんな事は分からなくて輝きながら尾を曳く美しい星に見える。それならばと、もっと、もっと近くで眺めたいと望んで接近するのを待望してみたのだが、近づくと益々尾が長く美しくなってこの世の物かはと天にも昇る心地すら覚えたのに、さらに近くなると痘痕だ。なのに女の心理は彼方の位置のまま、美しいと勘違いしたままで悲しいほどにナルシストだ。
勿論、流し目で直ぐ傍を通り過ぎるが、声など掛けはしない。もう痘痕だと知っているのだ。それでも知らぬフリを続けるほどの優しさを期待しても、無理だろう? そこまで優しくはないのだ。いや、それ以上は優しさを持続出来ないらしい。そうさ、ずっと前から優しさなんて考えてはいないのだ。優しさを装って好印象を与えて気を引いていたに過ぎない。そこいら辺にいる男どもと変わりはしない。並み以上ではないのさ。
こう開き直ると呆れられるのは承知しているが、これくらいの謙譲に満ちたボケは赦してくれるだろう。女たちも一息入れでしょうがない゙とため息混じりに、夢に呼ばれて迷惑してると愚痴るかも知れない。そこではもう勘違いな恋とか憧れなど無い物として扱うのかと思っていたら、女達の心はまだ着飾っていて装いを解いてはいない。ナルシストの仮面を脱いでもいない。
玉葱のように剥いても剥いても核心は現れず、中は空なのか? 知っていて剥いている? そんな事は一度もない。これは確かだろう。言葉に実態はない。あるのは本や新聞、雑誌、或はパソコン、スマホ。物だ。中に字があってそれを読むが概念に実態はない。それが玉葱の核心か?
中に宝のある物語をどれだけ望んだことか! 【宝島】【十五少年漂流記】冒険のすえ、どれだけワクワクした事か! けれども現実には宝箱は見つけられない。女の玉葱の中心には何があるんだ? それを求めて旅をしているようなもんだが、未だに辿り着いた話は聞かない。そこで途中の皮を剥くときの言葉の中にこそ核心があったんじゃないのかと考えたのだが、残念な事に玉葱を炒めれば水分が出て透明になり、更に炒めると飴色になり、煮込めば溶けて無くなってしまう。実態は残らない。ところが甘さと香りは残っていて、玉葱が使われていたのは判る。そんなような物か?
固形物はもう無いんだ。味と香りも甘味と残り香に跡を残しているだけ。それが愛なのか? 玉葱の愛。笑えるだろう。我慢しなくて良いよ。笑ってくれよ。笑えよ。笑わないのは気を使ってくれているのか? と、言うことは未だオレに気があるのか? どれくらい? こう聞くと、何だか女が男に質問をしている時の決まり文句みたいだ。つまり自分の価値を質問して無理やり一番と言わせて喜んで見せ、実は、確認したのは一番ではないと言う事で、言葉と実際が一致しない、所謂、嘘を言わせても何にもならないと言う、当たり前の事さ。あれだ、白雪姫を毒リンゴで葬り、鏡に世界で一番美しいのは誰? と質問する魔女だ。鏡は嘘を言えないからアレだけど、男は嘘をつくから猫なで声で゙お前だよ゙と言って得意満面だけれども、女は男の嘘なぞ百も承知で、もう次を考えているだろう。それが別れなのか復讐なのか、どちらも苦しみなのは間違いないが、その苦しみも、一度油断をさせてから落とすのか時間差で隙を狙うのか、物語る作家のように持ち上げてから放り投げるのか、巧みに計画された殺人のように緻密で威力を増した非情な物だろう。
何でこうなるのだろう。素直に昔の女を思い出していれば良かろうに、永遠に上手く行く事などない。だから別れた。その別れた女の思い出は苦い。だから想い焦がれて成就しなかった恋を懐かしむのかな。けれども、その苦い想いがワサビや生姜、カラシのようにスパイスの働きをする事は無いのかな。例えば、恋をしていると興奮していて陽気になって毎日が楽しい。男でも女でも、そんな時は生き生きとしていて魅力が増してモテる事がある。三角関係の始まりだ。上手く行き出すと次々に上手く行き、二人だろうが三人だろうが見境なく付き合う事になる。悪気はない。調子に乗っていい気になってるだけなんたが、そらバレるわ。けれども悪いとは思ってはいないのだ。
山があれば谷もある。皆さん経験があるだろう、全てを失う。悪の報いと言うが悪などしていない。けれども赦しては貰えない。失恋だ。けれども自分はモテるんだと勘違いしてるから、どうって言う事はない。てやんでえ、また直ぐに出来るわ、と、モテモテのプレイボーイを気取って気にしてない風を装おうが、人間、落ち目になると悪い事は続いて上手くは行かなくなる。だがそんな時には環境を変えてやるのだ。仕事を変えたり住む所を変えたり、趣味や、それこそオプチャを変えたり、それで気分も変わり、ツキ、運も変わったりする。失恋して仕事を辞める奴もいて、これは想像だが、女が辞めると肉体関係があったと考え、男が辞めたら拒否されたのだと思う。ただ、ちから関係、マウントの取り合いだから正しいのかどうか自信はないが、そんな連想をして楽しんでいる。
余裕がありそうだろう。あるのだ。肉体関係を拒否されようがフラれようが平気だ。心の安全の為、もう一人の用意はあるのだ。辛い失恋に懲りて年上の女との付き合いは確保している。人妻だろうが、本当に人妻かどうかは判らない。言わないし、こちらも聞かない。曖昧なまま肉体関係だけは続いている。むしろ肉体関係が主で会話など必要ないくらいだ。まるで体と対話しているようで、お互いに少しの変化も見逃さないように僅な時間を過ごす。それで満足するようになったのたが、初めはそうではなかった。
若い男が夢中になるのは予想が尽く。それを女は宥めたり透かしたり、上手くコントロールして思い通りに調教したのだろう。今では同年代の彼女を作れとまで言う。独占欲とか無いのだろうか? 嫉妬はしないのか? 自身の中でどう折り合いを着けているのだろうか。
それこそ謎だ。初心な女だと思っていたら恋した途端に駆け引きを持ち出して来て、とんだカマトト、なんて事は良くある。彼女の頭の中ではシミュレーションは終っていたのだ。経験は無くとも予行演習は何度もしていて、訓練を十分に積んだ軍隊と同じで、最初は戸惑うだろうが慣れれば攻撃力はある。不意討ちを食らわせて直ぐに後退して待ち伏せる。なんて芸当は朝飯前だ。多分。
普通なら男はこれで一撃を喰らって慌てて反撃しようと前へ出たはいいが、引かれてしまい、面食らってどうして良いのか訳も分からず喚き散らす所だか、余裕さえあれば受け流したり、また、見せかけの反撃をして様子をみる事も出来る。そう、若くても経験と準備さえあれば慌てる事なんぞない。ゆっくりと駆け引きを楽しんでいれば良いのだ。それに、ここで気づく女かどうかも重要だ。どちらかと言えば気づかなくて混乱するのが女だと思うが、見くびっちゃいけない。そこで立ち止まり、思いを巡らせて更なる駆け引きを仕掛ける女もいる。
所謂、恋多き女だ。ベテランと言っても良い。どっかのクラブのママみたいな女だ。ま、そこまでの貫禄は無くても良いが、パトロンが居るのか居ないのか、結婚しているのかどうか、謎のまま微笑んで誤魔化しているような女のイメージだ。
余談だが、ホステスの部屋にまで行った奴の話を思い出した。もう夢のようなシチュエーションで、やっとの事で辿り着いた女の部屋。しかし、その夢は直ぐに覚めたらしい。飯まで作ってもてなしてくれたらしいが、その間も電話が鳴りっ放し。客かららしいが、フライパンを煽りながら何曜日に店に来るのか、とか、今度は同伴出勤してよ、とか話している。営業電話だから当たり前な会話なんだろうが、それがひっきりなしで、しかも部屋に入れた男の前でする? 相手にされてないのがハッキリと判る扱いだ。売れっ子のホステスなんかに入れ込んでも、せいぜい当て馬が役割で、レースにも参加させては貰えないようだ。客を続けようが他のホステスに乗り換えようが構わないのだ。その突き放しに客は怒ったり泣いたり、懲りずに新たな作戦を考えて挑んで来たり、そのリアクションに対応するのが面白いのかも知れない。そんな態度は玄人だけかと言えばそうでもない。最初から出来る素人もいるのだ。だが、商売ではないので大概はツンデレの方便で、本心は気を引く為のテクニックだ。
なべて女は誘っても最初は断る。それを押して二度目を申し込むと承知する。これが脈のある場合で、初回から靡いてしまっては価値が下がるとでも言いたいのか、それとも此方の本気度を探っているのか、儀式のようになっていて意味があるのかと思うのだが、元は平安時代の通い婚の名残りらしく、男が言い寄って来ても一度目は断り、二度目に歌を返すのが決まりになっていて、これを最初に断られたのを幸いにと、そのまま引き下がったらどうなるのかと、した奴がいる。
うわべは単に申し込んで断られたのと変わらない。物語にもならない出来事だが、違うのは、初回は断られるのを承知で告っている事と、直ぐに二度目の申し込みをする雰囲気を残していて、しかも顔を合わせても絶対に誘わない事だ。
もう遊びだ。それはそうだが、嘘も方便。真理に辿り着く仮の手段だと言い訳をさせてくれ。
真理とは、そう、何故そんな七面倒臭い事をするのか、と、断ってしまって別れるはいいが、悔やんでも遅いとばかりに、嘆きに耐えられるのかと心配する。まあ、強気に構えてやり過ごすしかないのは解るが……。
何ヵ月かして、女は未知の男を連れて現れた。その沈黙の数ヶ月は二度目の誘いを待っていたに違いないのだが、もう、そんな誘いのない事を予知出来てない女は、男を連れ、見せびらかせて嫉妬をさせ、早くしないと手遅れになるよと、催促しているのだ。
男ばははぁ……゙と、゙その手で来たがと、予想の範囲内のリアクションなので驚きもしない。男を並みの、今まで付き合ってきた男たちと同じ扱いで、男の企み、実験に気づきもしない。何だろう、嫉妬が激しい感情なのは解るが、それを利用するのが愛情だろうか? だとすると嫉妬も愛情に含まれるのか? 嫉妬を利用して自分の方に意識を向けさせようとするのが愛なのか? 相手が好きだからそうするのか?
嫉妬深い性格なのだろう。果てしない自分の嫉妬深さに照らしてみて、相手も同じか、それ以上のダメージを与えられると考えているのだろう。素直になり、自分の思いを確かめ、私はあなたを待っていたと気持ちを伝える事も、相手を思いやり、誘ってくれないのは心変わりしたのか、それとも事情があるのかと尋ねる事もしない。全てが自分本位で相手の反論さえ自分で都合の良いように組み立てたものだ。それは間違ってはいないが、正しいかと言われれば、そうだとは言えるが、正確ではない。何故なら、人のリアクションは相手の言葉だけではなくニュアンスや雰囲気、表情や目の動きに吊られても変わるからだ。ひょっとしたら衣装の明るさや派手さにも影響されるのかも知れない。やはり礼服とかユニフォーム、ウェディングドレスなど、必要だし役に立つ物かも知れない。舞台衣装と同じで、その役を演ずるのに良く考えられた道具だと思う。
女は、生意気にも普段着と思えるGパン姿で現れ、取っ掛かりとしての衣装の役目を潰し、派手な色合いをして目立つ事もなく、求愛する男の切っ掛けの全てを削ぎ落とし、それでいて二度目の申し込みを期待して現れた。そんな所だろうか……。大胆不敵。よほど自信があるのだろうか? それとも、そうでなければ意味がないとでも思っているのだろうか。
とにかく、二度目の告白、誘いを待っていた痕跡を消し、尚且つ、ご丁寧に男を引き連れ嫉妬されようと企んで、更には、その企みを見せる事で綻びの穽を掘っているのかも知れないが、もう付き合っちゃいられない。幾らなんでも面倒だ。どちらにせよ先のある話ではない。恋の駆け引きはどちらかが折れてこそ面白いのであって、折れないのなら無いに等しい。しない方が良いのだ。念のため電話は着信を拒否して置いた。実験は止めだ。 了
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