第14話 暗闇トレーニング(後)

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 そのスポーツジムは、多くの人々が健康的な生活を目指して訪れる場所だ。しかし、そのジムには夜になると異変が起こるという不気味な噂が立ち込めていた。


 ある晩、ジムの閉館後、伊藤誠一(仮名)が友達と一緒にトレーニングをしようと決めた。友達の話によれば、そのジムは夜になると何か不気味な雰囲気が漂い、奇妙な現象が起こるとのことだった。興味津々の男たちは夜遅くにジムに忍び込むことを決めたのだ。


 ジムに到着した彼らは、閉まった扉をこじ開けて中に入る。ジムの中は暗く、重い沈黙が立ち込めていた。友達たちは急いでライトを灯し、トレーニングを始めました。しかし、特に何も異変も起こらない様子だった。


 トレーニングを続けていくうちに、彼らは奇妙な音が聞こえることに気付いた。まるで重たい足音が近づいているかのようで、その音は段々と大きくなっていく。彼らは振り返ると、誰もいないはずのジムの奥深くから、影が近づいてくるのを見たのだった。


 影が近づくにつれ、怪しげな姿が浮かび上がってくる。それはジムのトレーニング機器に纏わりつくような異様な姿勢をしている人物だった。ソレはまるでジムの中だけを蠢いているように見え、その様子は不気味さを増していった。


 伊藤誠一たちは一瞬にして言葉を失い、その姿に気持ちが萎縮した。そんな彼らの心境を知ってか知らずか、影はゆっくりと彼らに近づき、不可解な言葉を囁き始めた。彼らはその言葉を理解できないまま、ただただその奇妙な存在に驚愕のまなざしを向けるしかなかった。


 そのとき、ジムの内部がまるで揺れるような感覚が走る。伊藤誠一たちがその揺れに驚いた次の瞬間だった。灯したはずの照明が突然消えてしまったのだ。暗闇に慌てふためく友達の一人が手元のスマホを操作し、ジムの中を照らし出す。


 いつの間にか、影が増えていた。

 全ての機器に影がまとわりついていたのだ。

 それは奇妙にも、各々の影がトレーニングに励んでいるようにも見えた。


 その影達が伊藤誠一たちに近寄っていく。周りを囲まれてしまったために逃げ場は無くなっていた。とうとう恐怖で悲鳴を上げて強引に抜け出そうとするも、影が彼の体にまとわりつき、身動きが取れなくなってしまった。


 ライトが灯ったスマホが友達の手から落ちた。影達は伊藤誠一たちをジムの奥の方へと連れて行く。引っ張られているのか担がれているのか、それとも引きずられているのか、それすらもパニックに陥った伊藤誠一たちには分からなかった。


 引きずり込まれた伊藤誠一たちはどうなっただろうか?

 もしかしたら、影達による特訓を受けることとなった……のかもしれない。


 □□□


「あ、そろそろ終わりの時間だ。ここマンションの中にあるせいで二十四時間営業じゃないんだよね。閉店時間中に掃除と消毒をやってるみたいだからいつでも清潔ってメリットはあるんだけどさ」


 汗を拭った幽幻ゆうなはもう一度だけジムの中を様子を映した。閉店ギリギリまで黙々とトレーニングをこなす利用者もいれば、帰り支度をする利用者もいる。どちらにせよ配信を行う幽幻ゆうなを気にする者は誰一人としていなかった。


 ただ、トレーニングウェアを着たトレーナーらしき若い男性がジムの奥で爽やかな笑顔を浮かべながら幽幻ゆうなに手を振っていた。彼の奥側はもう誰もいないのか、照明は消えていた。幽幻ゆうなは元気よく挨拶を送って手を振る。


「あっちはフィットネス用のトレーニング機器が無いスタジオね。夕方の時間帯は子ども用のダンスレッスンとかもやってたっけ。ゆうなは使ったこと無いなぁ。いっつもこっちかプールで泳いでるもん」


 幽幻ゆうなはロッカーから着替えだけ取り出して鍵を窓口の回収箱に入れる。“シャワーシーン無しかよ”とか“着替えはー?”といった残念がるコメントが寄せられたが、どうせ直上が自宅なんだからそのまま家戻って風呂入る、と幽幻ゆうなはリスナーの希望を一蹴した。


「今までと違った配信はどうだったかな? 高評価だったらもっと別の施設も紹介するね。それじゃ、ばいび~♪」


 自室に着いたあたりで今日の配信は終了となった。幽幻ゆうなへの“また明日”や“お疲れ”といったコメントが大量に流れていく。そのため、“もしかして最後の怪奇話、今のジムで起こってたんじゃね?”との意見はすぐ他のコメントで埋もれてしまった。

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