第15話 隣人紹介(前)
「悪鬼彷徨う怪奇の世界からおこんばんは~。幽幻 ゆうな、です! 今晩も徘徊者のみんなを霊界に引きずり込んじゃうぞ♪」
今晩もまた幽幻ゆうなの配信が始まった……のだが、今回もまたいつもとは違う様子だった。部屋ではなくマンションの廊下から配信を開始していたのだ。深夜の時間帯のため、光源は廊下の照明と窓から漏れる他の部屋の明かりだけだった。
「今日はゆうなの素敵な隣人を紹介するよ。あ、ちゃんと隣の人達にはゆうなが動画サイトで配信してることをちゃんと伝えてるし、今回紹介することも伝えてるよ。三次元モデルはゆうなが勝手に作っちゃった」
何故、との意見もあがったが、これもまた噂の払拭を兼ねているんだろう、との指摘があがり、とにかく見守ることでリスナーは一致したようだった。荒れなかったことに幽幻ゆうなはほっと胸を撫で下ろし、玄関を出て左隣のチャイムを鳴らす。
「は~い」
「あ、こんばんは。幽幻ゆうなです! 夜遅くにすみません」
「あらあらまあまあ。例の動画配信の件ね。ちょっと待っててね~」
インターホンの向こうからおっとりとした女性の声が聞こえてくる。窓から見える隣の家は照明が完全に落とされていて真っ暗。幽幻ゆうなの訪問を受けて玄関に向かっているだろう間もそれは変わらなかった。そして、足音も特に玄関扉越しに聞こえてはこなかった。
チェーンが外され、中から出てきたのは……、
“でっっっっっっ!!”
“デカァァァァァいッ説明不要!!”
“デカ過ぎんだろ…”
“八尺様かな?”
リスナーの反応のとおり、扉の枠を腰を落として出てきたのは色々と大きい女性だった。胸と尻もさることながら最も目を引くのは身長。幽幻ゆうなが見上げる目線ではこの女性の背後に映るのは天井というぐらい高かったリスナーの何人かが指摘した存在と一致するのは彼女もまた白いワンピースを着ている点、異なっているのは髪の毛は短く刈っている点だろうか。
「こちらの女性がゆうなの隣人、七尺二寸さん(仮名)です!」
「どうも皆さ~ん。七尺二寸で~す」
“前かがみになった瞬間スイカが二つ揺れたぞ”
“エッッッッッッッ”
“特盛!”
“七尺二寸=約220cmか。バスケ選手になれるな”
“注)これはリアルタイムで変換されたアバターだ”
鼻の下を伸ばしまくるリスナーと冷静に観察するリスナー等、反応は大盛況のようだった。幽幻ゆうなも動画を撮影するスマホとは別に配信確認用に持ってきたタブレットを七尺二寸へと見せる。「好評ですよ」と幽幻ゆうなが喜ぶと「嬉しいわ~」と七尺二寸は頬に手を当てて笑みをこぼした。
「確かに外見はリアル世界から結構変えちゃったけど、性別と身長は七尺二寸さんの自前だからね。あと、リアル世界でも可愛いし美人だからね」
「あらあらまあまあ、ゆうなちゃんったら褒め上手なんだから~」
雑談はそのあたりにして、幽幻ゆうなは七尺二寸の紹介に入った。とはいえ個人情報をそのまま垂れ流すわけにはいかないので、配信上の設定を交えながらではあるのだが。
「職業は美食家兼料理研究家ね~。けれどあたしったら結構悪食だから、全然有名じゃないの。多分探しても見つからないわ~」
七尺二寸は動画配信で全国にその姿と声が届けられているにもかかわらず、特に緊張した様子もなく幽幻ゆうなやリスナーの質問に答えていた。趣味や休日の過ごし方からスリーサイズまで聞かれるも、当たり障りのない回答を返していく。
“玄関とか廊下の照明全く付けてないけどなんで?”
ある程度の受け答えが続いた後、今度はリスナーから素朴な疑問が届けられた。確かに幽幻ゆうなの訪問を受けてもなお七尺二寸は玄関の中や玄関前の照明をつけようとしていない。廊下の照明で充分といえばそれまでなのだが……。
「あ~それはね~。あたし、食べることに集中したいの~。食べてる間は他の情報なんて一切入れたくなくて。音も映像も匂いも全部ね。だから食事の時はいつも料理だけを照らすようにしてるの。だから暗いのに慣れちゃった」
「前に七尺二寸さんのお宅にお食事に招待された時もあったんだけど、暗くてびっくりしちゃった。あ、でもすぐにリビングの電気はつけてくれたよ」
「うふふ。ゆうなちゃんからはたまにおすそ分けを貰ってるから、そのお礼よ。また今度美味しい料理をごちそうしてあげる」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
和気あいあいとした団らんは、やがて美食家という観点から七尺二寸のトークへと移っていった。話が長くなりそうなら幽幻ゆうなが的確に次の話題へと誘導し、七尺二寸も気分を害することなくそれに乗る。
「ところで~最近美味しいお肉が手に入った。これから一緒に食べない?」
「大変魅力的なお誘いですけど、ごめんなさい! これから反対側のお隣さんの紹介に行きたいんで、また今度で」
「あぁ、あのお宅ね。えっと……」
「配信してる間は座敷童こけしちゃんって呼んであげてくださいね」
「それってあの子がそう呼んでって言ったの?」
「ゆうなが考えました!」
「ん~、ゆうなちゃんのセンスがあたし良く分からないわ~」
玄関扉を閉めた七尺二寸は幽幻ゆうなに続いて右手へと向かい、幽幻ゆうなの部屋を挟んでもう一つ隣の部屋の前にやってきた。
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