第13話 暗闇トレーニング(前)
「悪鬼彷徨う怪奇の世界からおこんばんは~。幽幻 ゆうな、です! 今晩も徘徊者のみんなを霊界に引きずり込んじゃうぞ♪」
今晩もまた幽幻ゆうなの配信が始まった。ところがこの日の配信はいつもの気色が違った。本来ならVdol幽幻ゆうなと彼女の部屋の三次元モデルが画面に映されているのだが、そのモデルの出来具合が違ったのだ。
「ご明察~。実は他のVdolがやってて面白そうだったから、ゆうなもやってみることにしたの。このリアルタイム三次元モデル変換ってやつ! だからゆうなもこの部屋の中もリアル世界の映像を映してるんだけど、アニメ調三次元モデルに変換して配信してるってわけ」
説明しながら幽幻ゆうなは自分の部屋から廊下に抜け、玄関で靴に履き替えると外に出た。その間彼女はスマホに自撮り棒を付けて器用に自分を映している。手ブレ補正機能って便利だよねー、と説明の間に感想を語った。
「前も説明したけれど、ゆうなのマンションって色々な施設があるの。しかも深夜帰りのサラリーマン向けに深夜までやってるところも結構あってさ。そのうちの一つに行こうと思ったの」
たまにはそんなゆるい回があってもいいよね、との意見が上がる一方、全然怪奇談とは関係ないじゃん、との批判もちらほらと書き込まれる。幽幻ゆうなはそれに気分を害することなく、むしろ同意する。
「だって最近ネット上で変な噂が飛び交うんだもん。ゆうなのマンションを見つけただそうって人達が次々と行方不明になる、みたいな。ここはそんな怪奇スポットとは無縁の、とっても住みやすい場所だってアピールしたいんだ」
廊下からエレベーターホールに抜け、下矢印のボタンを押す。待つこと少しの間、幽幻ゆうなはやってきたエレベーターに乗った。センサーに住人カードを当てた後に行き先のボタンを押し、扉を閉めるボタンを押した。
動き出すエレベーター。リスナーには上がっているのか下がっているのか分からないが、幽幻ゆうな曰く「下がっている」そうな。タワマン仕様で速度は早いものの全く揺れずに快適そのものだ、と語る。
「はい、着いたよ。ここはスポーツジムでーす」
止まったエレベーターから降りた先にはすぐにスポーツジムの入り口が構えられていた。幽幻ゆうなは無人の入り口でタッチパネルを操作し、住人カードをリーダーに通して決済、自動で空いた棚から鍵を取り出し、更衣室に向かう。
「あ、ごめん。配信削除されたくないから更衣室では音声のみにするね」
おそらくリアル世界でも女性だろう幽幻ゆうなの着替えシーンに盛り上がるリスナーだったが、特に布の擦れる音や他の利用者の声などは聞こえず、最後の方は代わりの良い船の映像の感想を語り合う始末だった。
「さすがに深夜の時間帯になるとインストラクターの人はいないね。利用者も少ないみたい」
幽幻ゆうなが映した先にはランニングマシーンでひたすらランニングをする男性、壁に向かってストレッチをする女性、ベンチプレスを利用する男性など、指で数えられる程度の利用者がいた。誰も彼もリアルタイムで三次元のモブモデルに変換されているので、年齢や身長はおろか、性別が映像通りかは不明なのだが。
「じゃあ、ここで軽く汗水流しながらいつもみたいに徘徊者から届けられた怪奇話を紹介していくね」
幽幻ゆうなは筋トレしながら怪奇語りをするという器用な真似をしながら配信をこなしていく。さすがに筋肉を酷使する度に息を荒げるためか、所々で艶っぽい吐息が漏れる度にリスナーが湧くのはご愛嬌だった。
その間、スポーツジムの中は会話一つなく、不気味なほど静かだった。ただひたすら利用者がトレーニング機器を使う度に軋んだりして鳴る音が耳をくすぐるばかりで、幽幻ゆうなの語りが一番の騒音になっていることだろう。
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