-第12節-
フランチェスカとメルカトールはまた構え直す。今度はどちらかが先に動くか、どちらかが先に攻撃の時間を作るかが重要だ。攻撃側が一方的に有利、詰まる所次の攻撃をかわされたり、カウンターされた場合、その後の展開は全て防戦一方になる。メルカトールはほぼほぼシュミレート通りだったので焦っては居なかったが、フランチェスカはメルカトールがここまで用意周到に、そして数年前の最弱のような魔法少女から、少なくとも自分を防戦にさせるほど強い存在だと感心していた。だからこそここからの攻撃は全て想定されているだろうし、逆を返せば純粋な戦闘力と総合的な戦闘力は別ということである。このままではフランチェスカはメルカトールの手のひらの上で踊らされることになり、彼女の正義を自分の正義で打ち破ることができない。魔法少女同士の戦いは、殆どが信念の戦いなのである。
「貴女は」フランチェスカが軽く囁くように声を上げる。「私が生まれた頃の、最強だった魔法少女に匹儔するものよ」
「……そう」メルカトールは重い口を開ける。「そうね。そう言うならば、私の想定通りだったということかしら。貴女は"生まれながらにして最強"。だって、そんな感想を抱けるのは、その最強、というものを超える存在だから。……だから、貴女は自分より強いものと戦ったことがない。策を弄したことがない。純粋に力のみで、全てをねじ伏せてきた。だから私がここまで渡り歩けている。偶然だけど、数年前から私が貴女と手合わせしなかったのが佳かった。私はそれからずっと研鑽を続けた。研究も続けた。偶像としてもてはやされる自分を、完全にコントロール下におけるぐらいには、心理的にも研鑽を積んだ。それはね、全て、全てよ」そこでメルカトールは口を噤む。
フランチェスカは不思議そうな顔をする。「どうしたの? 続けて。貴女の努力、研鑽は全て実を成したわ。だから、貴女の正義を語るべきなのよ。私は世界を救う、貴女は?」
「だから!」メルカトールは大きく、とびきり大きく声を上げる。「そんな最強で、美しく、私の理想の貴女が! 私の裏で汚れ仕事をしていることを、私が私を許せない! 私が不甲斐ないばかりに、私が無能だったばかりに、全部貴女に押し付けて、私だけが表舞台に立って、貴女がどんどん手を汚していくのを、絶対に許せない!」メルカトールは激情を冷静に処理しながら、続ける。「だから、だからメイザースの謀に乗った。貴女の全力と私の全力、それをぶつけて、貴女に出し切ってもらう。――行くわ、貴女を越えてみせる。これからの汚れ仕事は私、私がするの。貴女はもう、お願いだから、ゆったりと、世界を愛して」
そしてメルカトールはなにの動作もなくフランチェスカの周囲から光の線をフランチェスカに向けて発射した。予め、後退することを読んで、メイザースと来たときにちょうどそこに位置するように、元々そういう罠を仕掛けていた。メルカトールが意識しただけで、発動する、単純な一方方向にしか撃てない元素の集まり。だけどもその数は百を数え、回避は不可能に近い。ただの魔法少女ならば。メルカトールはここで見極める。フランチェスカは魔法少女としても、戦闘自体も天才だ。だから戦略で上回るしか無い。1つ1つの戦略が、フランチェスカを打倒する戦術になる。
フランチェスカは少し驚いたが、すぐに光の線を半分だけ曲げて、それぞれを打ち消すように動かした。だが、これも悪手であった。受けるべきであったのだ。メルカトールは1撃目、2撃目も全て牽制だったのだ。全力の牽制、だから3撃目のこれも、絶対に"受けてはいけない"。と思わせることだけが戦略であった。その一瞬の、思考の散漫と計算、その須臾は魔法少女にとって、永遠にも近い時間なのだ。そして4撃目。これが本当に最後の一撃。もう残りを計算する余裕もなく、余分もない。全てここに費やせる。そうメルカトールは瞬歩――メイザースの真似事である――に風を乗せて、ちょうど打ち消してできた隙間に入り込み、フランチェスカの懐に拳を当てた。
フランチェスカは、すぐに防衛を解除し、両腕を懐のメルカトールに振り下ろそうとした。しかし、すでに遅い。メルカトールは色々な武術も学んでいた。その中に、絶対の自信がある技があった。零勁。中国拳法の達人が達するという奥義、これを魔法少女ならば、誰でもできることに気がついていたのだ。拳を相手に当てて、周辺の元素を全てそこに乗せればいい。それだけで、人間の達人の使う零勁とは全く別物の、一瞬で国家間の戦争を終わらせれる一撃のエネルギーを、たった一箇所にぶつけれる。その次の瞬間、フランチェスカは振り下ろそうとした腕が止まり、大の字に倒れてしまった。
メルカトールが勝利した。それは事実で、旧世代の魔法少女の信念を、新世代の魔法少女の信念が打倒した。
「……さようなら、フランチェスカ。貴女は、私の憧れ。だからね。さようなら、きっとさようなら……。そして、ありがとうございました」返事は不要だった。メルカトールは偶然、いや必然だろう。メイザースと入れ違いで公園を出た。
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