-第7節-



 メルカトールは項垂れながら喫茶店をゆっくりと出ていった。メイザースはため息をつく。全く、馬鹿げている。こんなものが最後とは。神なんているものが居るなら、それこそ死神だ。


 ハイネマンには残りの魔法少女全員に、ブランショと協力して"元素の扱える量"と"純粋な戦闘力"を調べてもらうことにした。これは賭けであり、とても分の悪い賭けだった。メイザースは眉間に皺を寄せながら、店主に追加の紅茶と砂糖を頼む。


 レヴィナスの詳しいことはわからない。勿論、彼女のことを把握しておくのは今回の策戦で重要なことだからメンバーに入れた。だが、それは同時にリスクでもある。しかしメイザースは知っていた。偉大なる賭博師にして数学者、カルダーノの箴言を。だからこそ、メイザースは賭けに出た。分の悪い賭けが、世界を救うというリターンに合うのだと、覚悟を決めるために。


「さて」メイザースは運ばれてきた紅茶に砂糖を入れ、ティースプーンを縦に入れてかき混ぜた。「手紙を書かねばなるまい」


 メイザースは合理主義であった。徹底した排他主義であり、しかしながら義理人情に篤かった。だから信念を曲げてまで、フランチェスカの願いを叶えるために動いている。ふと、フランチェスカの同名の人物の逸話を思い出した。


「"一切の希望を捨てよ"、か。そうだな、彼女を救い、世界を救うなら、私は希望を捨てる。それでなければ、地獄の門は開かれまい」ダンテの『神曲』の一文を呟きながら、ずっと紅茶をかき混ぜていた。



 メルカトールにはたしかにフランチェスカと対立する正義があった。日に日にその正義は大きく膨れ上がっていき、いつも自分の心にとどめ続けていた。限界が来るのなら、誰かに裁いてほしかった。だが、もう彼女はその立場ではない。他人を裁けるのは彼女自身で、自分を裁くことは、一切できなかった。


 いつしか、メイザースに忠告されたことがある。「君はこれから偶像として人々の前に立つ。今の君の立場はそれしかなく、それでこそ魔法少女は生きることができる。だがゆめ忘れるな、いつか絶対に、破滅は訪れる。まぁ、それまでは能天気に、そして明るく人々の前で振る舞え」


「メイザース……。私には、できる。できてしまうけど、それは……いいことなのかしら」

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