逸れ矢

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 即位の儀式が恙無(つつがな)く終わり、王は席を立った。

 それを確認して文武百官も次の場所~宴席に行く態勢になった―といっても取り立てて何かをするのではなく、儀式中、緊張した気持ちが少し解ける程度だが。

 その瞬間、何かが王に向かって飛んで来た。矢だった。

 護衛はさっと王の身を庇おうとすると王自身も脇に避けた。

 矢は玉座の後ろの屏風に刺さった。

 立ち上がった王は、矢を引き抜くと袖に入れ、何事もなかったように悠然とその場を去った。その後を護衛と側仕えが従った。

 王一行とは異なり、百官たちは騒然とした。

「曲者だ、追え!」

 兵士たちは矢が射られた方向に駆けて行った。

「このようなめでたき日に何ということを」

「全く!」

 人々は表面では一様に批判めいた言葉を口にしていたが、内心ではそれぞれ異なった思いを抱いていた。


 深夜、全ての儀式、行事を済ませた王は、一人自室の机の前に座して思いを巡らせていた。

 机上には自身の生命を奪いかけた矢が置かれていた。

「見かけない型だな、異国、清か日本のものだろうか」

 矢を手にした王は、その出所を推定する。

 危機を逃れた王は、その後の行事―祝宴等を全て予定通り行った。中止などしたら“相手”の意のままになるような気がしたからだ。

 玉座に就く前から、このようなことが起こるのは予想はしていた。

「まさか、初日にやるとはな」

 王は苦笑した。

 何の落ち度もない父親を死に追いやった輩。

 自分たちの利益を守るためならば、手段も問わず、如何なることもやる者ども。

 そして、なによりも民のことも国家のことも考えない輩。

 王世孫と呼ばれていた頃から、彼は、こうした輩を除去しようと考えていた。

 そんな彼を“相手”側は当然、邪魔な存在と見做し、除去しようとするだろう。

 だが、負けるわけにはいかない。民のため、国のために。

 王は立ち上がると窓を開けた。空には満月が煌々と輝いていた。その光が自身の前途を照らしているように王は感じられた。

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逸れ矢 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

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