愛の牢獄
低田出なお
愛の牢獄
「行ってきまーす」
そういうと女は扉を閉め、扉の二つの鍵を掛けた。耳をそばだてると、足音の遠ざかる音がかすかに聞こえた。
念のため少し待ってから、押入れの引き戸をそっと開ける。周囲を確認してから、部屋に降り立った。
この部屋に閉じ込められてから、もう3日になる。ここの家主は何が何でも俺をここから出したく無いのだと思わざるを得ない。
内側からは鍵が開かない扉に、段ボールと特殊なテープで塞がれた窓。そして、部屋中に貼り付けられる夥しい写真たち。
いわゆる、ストーカーというやつだ。
「全く、勘弁してくれよ」
悪態の一つ、漏らしたくもなる。まさかこんな事になるとは。
しかし、それも今日でおしまいだ。
俺は夜間、気付かれない様に窓枠に細工を繰り返した。神経の削がれる作業だったが、外に出られる事を思えば容易かった。俺はこんな所にむざむざ閉じ込められて終わる男では無いのだ。
薄気味悪い部屋を一度見渡し、邪念を祓う様に首を振る。余計な事を考えるのはよそう。今は1秒でも早く、この不快な家から脱出する事が最優先である。
窓へと近づき、窓枠へと手を伸ばす。ずらす様にガタガタ動かすと、テープのぺりぺりと小気味の良い音がなる。
つい、目元を顰めた。
その時だった。
「んもお、なんで忘れ物なんかするかなあ」
甘ったるい女の声。この3日間刷り込まれた、恐怖の声。
俺の体に、鳥肌が立ち上った。
どうする。
どうするどうする。
焦る頭をフル回転させ、どうにか最善の手を模索する。
一度諦めて押入れに戻るか? だがそうすれば、窓の異変に気がつく可能性がある。そうなればまた一からやり直しだ。いや、忘れ物を取ったらそのまま、よく確認せずにまた家を出るんじゃないか? 希望的観測過ぎるか? でも今出てしまうと、いやでも……。
かちゃり。
「ぐっ……」
ええい、ままよ!
俺はそのまま窓枠を押し除ける。窓枠は音を立てて倒れ落ち、段ボール越しのガラスが割れる音がした。
「きゃっ、…えっ、わ」
聞こえる戸惑いの声を無視し、一目散に駆ける。相手にしている暇などない。
「だ、だれかっ! 警察、警察!」
叫び声を聞いて、無意識のうちに目出し帽をぐいと深く引っ張った。
愛の牢獄 低田出なお @KiyositaRoretu
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