第18話 元彼はどんな人

「コーヒーの香りってリラックス効果があるんだ」

「興奮もするけど」

「そう。不思議な液体だ」


 香りを楽しみながら、ゆっくりと味わう。


「美味しい」

「良かった、褒めてもらえて」

「それで、さっきの話ですけど」

「ああ、彼女俺の方をちらりと見たんだよ。何か言わなきゃ悪いと思って、助け舟を出した。それで一緒に行けば多分楽しいだろうと思って、背中を押した。」

「それってやっぱり予感ですね。きっとまた的中しますよ」


 彼女は、目を輝かせて言った。


「あっ、そうだ! 前に座っていたあの男の子」

「ああ、耕平君っていったね」

「そんな名前だったかな。彼、亜里沙さんに夢中ですよね。その気持ちを隠してるつもりが、隠しきれない様子。だけど、彼女の方はまったく彼の気持ちに気づいてない。鈍感すぎます」

「おお、君も彼の気持ちはわかったんだね。鋭い」

「そりゃねえ」

「彼が本心を出すのは、亜里沙さんがあらぬ方向を見ている時か、目を閉じている時だけ。まったく彼女には伝わらない。じれったいったらない。何とかしろよ、って思うよ」


 俺はふ~っと息を吐いた。


「でも、その気持ち伝えたら亜里沙さんはどんな反応をするかしら。それだけは今のところはわからない」

「まあ、彼女の方はクラスメイトの一人としか思っていないかもしれないな。意識もしてないようだし。ぐっと接近するか、その気持ちを疎ましくなって離れていくかもしれない」

「難しいところですね。告白して拒絶されるくらいなら、このまま見守っていたいって気持ちもわかる」

「そう、彼はかなり葛藤している。だけど、旅行には絶対連れて行きたい」

「うまくいくといいですね。あの二人」


 そういうと、絵梨は考え込んだ。コーヒーカップを両手に持っている。


 二人で他人の恋愛について考え込む。


 人の恋愛の心配をしているけど、絵梨の恋愛はどうなってるんだろう。


「そういう君は、付き合ってる人はいるの」

「えっ……、それは」

「いまはいないのかな?」

「まあ、それは……」


 秘密にしておきたかったのかな。俺の予想では、彼氏と別れて半年ぐらいか。


「当たりです。今は付き合ってる人はいません」


 きっぱり言い切った。いれば、一緒にドライブはしなかっただろう。


 もしかして彼女、俺が付き合おうって言いだすのを待っている……。そんなことはないか……。


「どんな人がタイプなの?」

「それは……気さくで、思いやりがあって、あまり強引じゃない人かな」


 元カレはそれにあてはまらなかったということか。だから別れたんだろう。


「君の気持ちを大切にしてくれる人が望みってことだな」

「そうです、人の気持ちを無視して突っ走るような人は嫌い」


 前の彼氏は突っ走るタイプだ。


 じゃ、俺みたいなタイプが好みなのか。


「ここって不思議ですね」

「何が? どこにもあるような喫茶店だが」

「心の中にあるものが、すっと抜け出していくような。話してしまいたくなるような雰囲気があります。隠していた気持ちをいつの間にか表に出してしまうような」

「そんなパワーがあったらすごい。君の方が不思議だ」

「そうですね。私って色々考えすぎちゃうんです」

 

 ここへ来た人は、心の中のモヤモヤした思いや、縛り付けておいた感情が、ふと漏れ出すんだ。彼女の予感は、当たっている。


「あの高校生たち、その後どうなるか楽しみですね」

「そうだね。旅行の報告が聞けるといいな」


 カップの中のコーヒーは三分の一ぐらいになっていた。

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魔法のコーヒーはいかがですか 東雲まいか @anzu-ice

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