第16話 高校生の四人組

 数日後の夕方。


 高校生の男女四人が店に入ってきた。


「へえ、ミラクルって変わった名前のお店ね。しかも今時、レトロな雰囲気」


 友美がいった。耕平も店内を眺めていった。


「こういうところが好きなんだね、亜里沙は」


 亜里沙さんは幾度か来店したことがある。


「たまたま通りがかりに寄ったら、落ち着いた雰囲で、適度に空いてて試験勉強をしたらはかどったから」

「そうだね。テーブルが大きくて椅子も柔らかくて、座り心地がいい」


 適度に空いているは、あまりうれしい指摘ではなかったが、気に入って知り合いと一緒に来店してくれるのは助かる。


「いらっしゃいませ! お好きなお席へどうぞ」


 男女二人ずつが、テーブル席で向かい合って座った。男子二人と女子二人が並んで座っている格好だ。


「ねえ、亜里沙。本当に大丈夫だってば。一緒に行かないとつまんないよ! ねえ、行こうよ」

「だけどさあ、スノボーはやったことないから心配なのよ。スキーだって小学生の時にやったけど、ずいぶん昔じゃない。それだってほとんど初心者だったし」

「私だって同じようなもんよ」

「友美は何回かやったことあるんだから、能力の差は歴然よ。きっと足手まといになってつまんないよ。誘ったことを後悔するに決まってる」


 前に座った男子の一人がいった。


「俺らだって去年の冬初めてやったんだ。運動神経のいい亜里沙ならすぐ上手になる」


 友美が、うなづきながら合いの手をいれる。


「ほら、耕平だってそういってるんだし」

「それに、女子が友美だけじゃ何かと気まずいだろ?」


 耕平と呼ばれた男子がいった。


「そうだけど、ほんとにどうしようかな」


 もう一人の男子がいった。


「人数が多い方が楽しいよ。なんとなれば、亜里沙だけスキーで滑ってもいいよ」

「ええ~~~っ、それじゃ楽しくないんじゃないのかな。やっぱり私は今回はやめておくよ。これからスノボーをやる機会はまだあるかもしれないし」

「そんなこと言って、永遠にそんなチャンスは来ないよ」

「もう、オーバーだな、拓也は」


 拓也に耕平、何度か来店したことがある亜里沙に友美の四人組か。


 亜里沙は相当スノボーを怖がってる様だな。


「ねえ、一緒に旅行に行けるってことだけでも楽しみじゃない?」

「う~ん、そりゃ私だって旅行は楽しみだけど、どうしようかな……」

「亜里沙、行こうぜ。俺なんか、そのためにバイト代貯めたんだから」


 耕平はそういって、不安とじれったさの混じった表情をした。一番一緒に行きたいのは彼のようだ。


「俺もあまり上手じゃないけど、ずっと亜里沙について滑るからさ、安心しろよ」

「それも、なんか悪いなあ」

「悪くなんかない、一緒に滑れるだけで楽しいんだからさ」

「優しさに甘えてもいいのかな」

「そういうの甘えてることにはならないから。気にするなよ! 行って後悔はさせないからさ」

「……う~ん、そうかなあ」


 彼、亜里沙さんにかなり熱を上げてるようだな。俺は離れたところから彼らの様子をうかがっていた。話の内容はなぜか伝わった。


 亜里沙が大きな目を一瞬こちらへ向けた!


 ほんのわずかな瞬間だったが、はっきりと彼女の視線は俺の姿をとらえていた。


 

 そうか……俺は数歩だけ彼らに近寄った。


「皆さん楽しそうに旅行の相談をされてますね」


 と言いながら亜里沙さんの瞳を見つめ返す。


「ああ……マスター。そうなんだけど、私はちょっと遠慮したいなって思ってたところなんです。だってスノボーなんてできそうもないし、私がいればきっと足手まといになるだけです」

「初めて何かにチャレンジするときは、勇気がいるものですが」


 俺はもう一歩踏み出していった。


「それは、まあそうですけど」

「きっと楽しいと思いますよ。思い切ってやってみたらいかがでしょうか。おっと、第三者の僕がこんなことを言うべきではないかもしれませんが……」


 俺はじっと彼女の目を見つめた。少し茶色がかった綺麗な瞳をしている。くっきりした二重瞼は、瞬きするたびに見る人をどきりとさせる。その眼は、多くの男性の心を揺さぶるに違いない。耕平君というのもそのうちの一人なのかもしれない。見つめられると目が離せなくなる。


「ねっ、滑れなくてもいいじゃないですか。きっといいことがありますよ。ぜひ参加されることをお勧めします」


 と、亜里沙さんを見ながら、瞳の端でじっと彼女を見つめる耕平君をとらえていた。

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