第15話 謎は深まるばかり
厨房に引っ込み、しみじみ建人の顔を見て絵梨は思わずいった。
「本当に不思議。建人さんの一言で、あの男性九死に一生を得たんだもの。命の恩人ってとっころね、すごいなあ!」
「まあ、偶然とはいえ彼にとってはよかったと思うよ。多分一緒にドライブしていたら大けがを負っただろうから」
「あの……」
「何?」
「ご両親の事故の時は、何か予感はなかったのですか? 出かけるときに寒気がしたとか、夢中で止めていたとか」
「二人は僕の知らない間に出かけてたんだよ。僕は学校へ行っていて、のんきに友達と過ごしていた」
「そうだったんですか。本当にお気の毒でした」
申し訳なさそうにうつむいた。
「まったく、君は僕のことを買いかぶりすぎだよ。彼のことは、特に予感があったわけじゃなくて、あの女性と付き合うのが無理なんじゃないかと思っただけだ。それだって、彼は自分の考えを押し通せばいいわけだしね」
「本当に本当に、そうなのかなあ? 私には、建人さんは千里眼だと思えて仕方がないんです。そうじゃなければ、彼にあんなに的確なアドバイスはできなかった」
「もうっ、これ以上僕のことを勘繰らないでくれ! いいね!」
「は~い、わかりました」
まずい、完全に疑われてしまった。ってか、見破られてしまったか。やっぱり彼女俺に似たところがある。
まだ足を引きずり気味に絵梨が歩いているようなので、話題を振った。
「その足どう。痛みはもうないのかな?」
「重心がかかるとさすがに痛むけど、だいぶ元の状態に戻ってると思います」
「ってことは、一週間前はかなりひどかったんだ」
「トイレに行くときも掴まって歩いていたし、コンビニに食料を調達に行くのなんて一苦労でした。結構ひどい顔をしていて、見られたくありませんでした」
「そうか、そうだったのか。一言連絡をくれれば、手伝いに行ったのに」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。甘えてばかりいられませんから」
結構けなげなんだな。一緒にドライブに行ったんだから、連絡してくれてもよかったのに。それとも警戒してるのかな。
「また何かあったら、助けに行くよ」
「何もなければいいですけど。でも、嬉しいですそんなことを言ってもらえて。お願いすればよかったかなあ」
絵梨は甘え声でいった。
「料理するのも大変だろうから、僕がやってあげたのに」
優しさに飢えてるのかな。
「わあ、料理まで、素敵。頼めばよかった!」
「料理は苦手じゃないから……」
「よ~く、存じ上げてますっ!」
彼女、甘やかすととことん甘えてくるタイプかな。ガードが一気に崩れてしまうかな。
「それじゃ、今日は仕事終わりにここで食事していくといい。賄いでよければ僕が作るよ」
「嬉しいっ、そうさせていただきますっ!」
ということで、彼女は僕の厚意に甘えることになり、今夜は特製パスタとサラダで夕食となった。仕事帰りの人たちも外を行き過ぎ、遅い時間の夕食だ。
「厨房で立ってるのは大変だろう。座って待ってていいよ」
と声をかけると、絵梨は大人しくテーブル席に座って待っていた。
チャチャと手際よく料理を済ませた。
「は~い、お待ちどおさま」
「わあ~~っ、いいにおい。急にお腹が空いてきた」
「でしょう、特製ナポリタン。ベーコンと数種類の野菜が入ってる。トマトの香りがたまらないでしょ!」
自画自賛気味に言ってしまったが、彼女の喜びようは尋常ではない。
「この香りがたまらないんですよ、ナポリタンって。私大好きで~す。どうしてかなあ。あっ、わかった」
と手をたたく。
「母がスパゲティというと、いつもこれを作ってたからかもしれません」
「おふくろの味ってことか」
「懐かしいなあ。いただきます!」
ケチャップと玉ねぎピーマンなどを痛めた良い香りに包まれて、幸せいっぱいの表情をしている。
よっぽどお腹が空いてたんだろう。大盛りのナポリタンを軽く平らげてしまった。
「口の周りを拭いた方がいいよ」
「アッ、すごい顔になってるかも。ご馳走様! う~~ん、最高の料理でした。建人さん、ありがとう。コーヒーだけじゃなくて、料理も最高。この店で働けて幸せです」
「まあ、店長が最高だからね」
俺はいつの間にか有頂天になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます