第14話 カップルのその後
帰りの道は、彼女が捻挫してしまったこともあり、少々急ぎ気味に運転した。対向車線のライトに途中ひやりとしながらも山を下り、彼女の家にたどり着いた。
「ここです。ありがとうございました」
「部屋まで送っていこうか。歩くの大変でしょう?」
「それは……大丈夫です」
アパートは二階建てで、二階に住んでいるらしかった。
「階段昇れる?」
「多分……大丈夫。手すりにつかまっていくから」
「念のため明日病院へ行った方がいいよ。バイトはお休みしていいから」
立ち仕事はできないだろう。
ということで、彼女が階段を昇るのを見守ってから俺はアパートを後にした。
翌日電話があり、骨には異常がなかったが、来週一週間は休むということだった。
こちらが連れて行った手前、咎めたりはしなかった。まあ仕方がないことだ。部屋に入れなかったのは心残りではあったが。
「すいませんでした。一週間休みをいただきたいのですが、クビにしないでください! お願いします」
抱き着かれた時の感触を思い出し、苦笑いした。
「まあ、気にしなくていいよ。君の責任じゃないから。元気出しなよ」
と慰めた。
一週間後、絵梨が明るい顔で仕事に復帰した。接客にも少しは慣れてきていた。
そんなある日の夕刻、以前来たカップルの片割れ、男性の方がやってきた。仕事帰りのようだ。あの時は、別れた方がいいなんて余計なことを言ってしまったかな。
「いらっしゃいませ」
「この間はどうも……コーヒーをホットで」
「かしこまりました」
「あの…」
何か進展があったのかな。
「今日は、おひとりですね」
「うん。この間はお騒がせしちゃって。あの時の彼女とは、もう付き合ってない。冷静になって考えようと思って会うのをやめていた」
「そうでしたか。余計なことを言ってしまって申し訳なかったと、後悔していたんですよ」
「いや、余計なことだなんて、かえって良かったんだ」
彼女から別れ話を持ち出されて、どうにかそのまま付き合ってもらおうと必死に取りすがっていたっけ。俺は、彼のためを思ってひとまず別れて冷静になった方がいいと提案した。彼女に電話が来てトイレに立った間の出来事だった。多分二股をかけている彼氏からだろうと直感した。その後、二人に何があったのだろう。
「というと、何かあったんですか?」
「それは、大変なことがあったんだ!」
「へえ……それはどのようなことで」
俺は首をかしげて見せたが、良くないことがあったことは予測がつく。絵梨が興味津々で少し離れたところからこちらを見守っているぞ。
「彼女、別の男と付き合ってルンルンだった。僕と別れようって言ってきたときは、すでに二股をかけていてかなり進展していたようだ。俺と別れてから、あいつのスピード狂がエスカレートして、男とドライブに行ったとき興奮の極みに達したらしい」
とそこまで言うと、珈琲をごくりと飲んだ。
喉を潤すと、さらに彼の舌はさらに滑らかになった。
「スピードがかなり出ていたそうだ。車は信号が赤に変わったことにも気づかずに交差点を全速力で直進し……侵入してきた車と衝突した。左側からの激しい衝突で、ハンドルを着る間もなかったらしい。その時助手席に乗っていた男が瀕死の重傷を負った。彼女の方は軽傷で済み、男の方は大怪我を負って今も入院中らしい。再起ができるかどうかわからないほどの怪我で、彼女も途方に暮れているそうだ。暫くしてから彼女の方から連絡をもらったが、よりを戻す気になんかならない」
大変なことになったものだ。その男は気の毒だったが、目の前にいる彼は助手席に乗っていなくて命拾いをしたわけだ。
「それじゃ、車に乗っていたのがあなたではなく別の男性だったから、命拾いをしたってことですね」
「そういうこと! 自分の身にこんなことが起こるとは思いもよらなかったよ。それで、お礼を言いたくてね」
「お礼だなんて。私は、お客様にとって良かれと思って申し上げたまでのこと。他意はありません」
「ふ~~ん、そうなの? 不思議だなあ……。何だか、予感があったんじゃないかと思って。予知能力っていうのかな?」
「私にそんな力はございません。僕はこの通りの平凡な男ですから」
そこまで話し終わると、彼はしみじみとコーヒーを飲み干した。やはり俺の嫌な予感は当たっていたのだ。
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