第13話 絵梨は天使か魔女か

 絵梨は何度か鎖に掴まり歩くうちに慣れ、その後は順調に山頂にたどりついた。


 山頂から見る景色は素晴らしく、夕日に赤く染まった空にいくつもの峰が連なり、あまりの美しさに二人とも、しばらく無言で立ち尽くしていた。


 まだ夕暮れ時までは時間がありそうだ。このまま夕日が沈むのを見ていたいほどだったが、真っ暗な道を手探りで降りるのは難しい。


「ずっと見ていたいぐらい綺麗ね」

「僕もそう思ってたところ。日が沈むまで見ていたいほどだけど、帰り道が怖いから、適当なところで降りなきゃね」

「そっか。あの道を真っ暗な中で降りるのは、怖いもんね」

「そういうこと」


 絵梨はベンチに腰かけて、水分補給している。


「美味しい~~、やっほ~~っ!」


 広い場所に来ると大声を出したくなる。


「やっぱり来てよかった。こんな素敵な景色が見られて、もう最高です! 鎖に掴まっていた時は、崖下まで転げ落ちるかと思ってひやひやしたけど、登り切れてうれしいです!」

「僕も心配になってきたけど、怪我しなくてよかった。ここから担いで帰るのは大変だもの。ほっとしている」

「建人さんがいてくれたから、できたんです。私を担いで登るのは一苦労ですよ」

「こう見えても、力はあるんだ、ほらね」

  

 俺は腕に力を入れ、手で触らせた。


「へえ……すごい筋肉、鍛えてるんですね」

「まあね」


 ちょっと得意な気持ちになる。


「まだまだ、ずっとこの景色を見ていたいところだけど、日が暮れたら大変だ。そろそろ行こうか」

「はい、下りで怪我をしないように気を付けま~す」

「そうそう、下り坂は足をくじきやすいからね」


 俺たちは元の道を引き返した。次第に空気が冷たくなり、だんだん言葉が少なくなる。


 気持ちが焦っていたのかもしれない。


「あっ」


 と絵梨が声を出した。嫌な予感。


 足がずるりと滑り、体が後ろへ傾いた。そしてガクッと腰が砕けたようになり尻もちをついた。そのまま斜面をずるずると下って行き止まった。あっという間に距離が離れていた。


 これだから言わないこっちゃない。怪我をしていないといいけど。


「痛っ」

「大丈夫!?」


 俺は急いで彼女のそばへ駆け寄る。


「脚が、痛い~~」

「どこが」

「足首」

「ここか……くじいたようだな。立てる?」


 両手で体を支えた。よろよろと立ち上がろうとしたが、力を入れようとすると……再び


「痛い!」

「あ~あ、仕方ない……僕に掴まって」

「ごめんなさい」


 泣きそうな顔になっている。


「どう、これで歩けそう?」

「何とか」


 鎖で降りなければならない崖は通り過ぎていたからまだよかったが、駐車場までの道はまだまだある。


「ゆっくりでもいいから」

「でも、日が暮れたらどうしよう」


 心配することはない。懐中電灯で照らしながら歩けば。と励ましたが、涙目になっている。


「本当にごめんなさい。下り坂では気を付けるようにって言われたばかりなのに。私の不注意で……」

「謝ることはない、こういうことはよくあるからさ」


 めったにあることではなかったが、そういって慰めた。かなりへこんでしまっている。


 くじいてしまった左足の体重がすべてこちらにかかってくるのでかなり重かったが、脚を突っ張って耐えた。


 涼しくなってきていたはずなのに、体がどんどん熱く汗ばんできた。


 体の片側がぴったりついた状態で歩く。ちょうど二人三脚をしているような格好だ。腰の骨が時折ごつごつと当たる。超歩きにくいな。


「歩きにくいけど我慢して」

「そんな……贅沢は言えないわ。悪いのは私だから」

「リュックを貸して」


 彼女のリュックもこちらが背負う。両足にかかる重量がさらに増えた。


「ちょっと休憩した方がいいのでは?」

「いや、早めに下山した方がいい」


 時間をかけてもいいことはないと、歩く速度は緩めた。


 駐車場が見えた時には心底ほっとした。


「やった~~、着いた~~」

「そのようです。暗くなる前に着いてよかった」


 絵梨は自分の足をくじいたことを忘れてしまったように、俺に抱き着いた。抱き着かれるのはこれで二回目だ。


 彼女の目論見を探ろうとしていたのに、これは反則だ。


ふっくらした胸の圧力を感じながら背中に両腕を回した。よしよしそんなに泣くんじゃないと、背中を撫でていると、片足で立っているものだから、体重がかかり胸がバシバシこちらの胸に当たり、苦しい……。


 たくさん歩いてくれたお礼のつもりか……これ。


 彼女じらすのが得意? それともピュアな外見をした魔女?


 それにしても、いつまでこの体勢をとっているのだ。一分ぐらい同じ姿勢だ。


「助かった……」

「まあ、死ぬことはないよ、ねん挫したぐらいで」


「車の中で座って休憩してから出発しよう」

「ふう……ありがとう」


 そういわれた俺の胸はなぜか苦しくなっていた。

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