第12話 絵梨に抱きつかれる
「わあ~~、これからまだまだ登って行くんですか?」
「あと一キロぐらいだから大丈夫でしょ」
「そのくらいなら行けます!」
「では、出発。上ると絶景が見えるからね。ぜひこの景色を一見せたかった」
「頑張ります」
身軽で動きやすいパンツ姿で来たようだが、大丈夫かな。リュックには飲み物やタオルだけを入れて出発。
「結構本格的な登山だったんですね」
「それほどでもないよ、このくらいは」
「ええ~っ、そうですか……私には険しい山に見えます」
目の前に壁が立ちはだかり、絵梨にとってはかなり傾斜がきつい山道に見える。平地での生活をしていると、情けないことにほんの少しの坂道や階段を昇るのもきつくなってくる。体力に自信があるなんていわないほうがよかった。
「まだまだ、この辺はそれ程きつくないから」
「ええっ……店長は、歩きなれているから……平気なんですよ
と言いながらゼイゼイしている。
「その店長っていうの、外ではやめませんか」
「では、なんと呼べば?」
「そうだな、建人さんでいいよ」
一瞬ためらったが、大きい声で名前を呼んだ。
「それじゃ、お言葉に甘えて、建人さん! 頂上まではあとどのくらいかかるんでしょうか? ハア、ハア……あと少しなんて言わないでくださいねっ、ふう~~っ」
「絵梨さんにとっては、富士山に登るぐらいの距離でしょうね」
「そんなっ、冗談を言わないでください!」
「冗談じゃなくね」
と真面目な顔をしながら、笑いをこらえた。
「この坂は、ちょっときつかったようだね」
「ちょっとどころじゃありません」
ゼイゼイ……。
「ふう、だいぶ歩いた~~」
「さあ、これからが本番です」
「うっ! まだまだですか……」
額に汗み、タオルで拭きながら一歩一歩踏みしめ、がっくりしている。
「来て後悔してるんでしょう?」
「後悔なんかしていませんっ」
「ちょっと休憩しましょう」
「賛成。喉も乾いてきたし」
絵梨は木によりかかり、スポーツドリンクを口に含んだ。
「ふう~っ、生き返る~~」
いくらか元気を取り戻したので、出発だ。
さらに坂道を踏みしめていくと前方に崖が見えた。崖のように見えただけで、そこもれっきとした登山道だった。鎖がついているので、掴まりながら足場を確保して歩くのだ。
「ここを掴まって、僕が先に登りますから」
壁の上から見下ろすと、泣きそうな顔をした絵梨が見えた。
「さあしっかり掴まって。頑張って!」
立ったまま固まっている。
「うわ~~、ここを登るんですか。できるかなあ」
「しっかり掴まって、脚に力を入れて、途中で絶対離さないでください。転がり落ちちゃうから」
だが、鎖を掴み足を踏ん張っている。
「よいしょ、よいしょ、う~~ん、大変っ、うう~~っ、落ちそう……」
「そうです、一歩一歩登れば、大丈夫。絶対に手を離してはいけません」
「わかってます! うわっ」
一瞬ひやりとした。足元がずるりと滑り一歩後退した。だが、気を取り直して進む。
「その調子! 良いですよ、一歩一歩、下を見ないでください」
この時は振り返らないで、上だけを見てひたすら進んだ。
「やった!」
「お疲れ様。良かったです」
「わあ~~~い!」
歓声を上げながら、絵梨は僕の体に抱き着いてきた。僕はしっかり彼女の体を受け止めた。なんと、涙を流して喜んでいるではないか。
よしよしと肩を抱いた。
「そんなに感動しましたか?」
「いえ……怖かった……」
そうか……今のは恐怖の涙だったか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます