第9話 店長になったいきさつ
「あの…店長」
不満と不思議が入り混じったような表情で絵梨が見つめてくる。彼女の言わんとしていることはわかる。どうして男女の話に首を突っ込むのか。しかも相手はお客さん。あんなことを言っていいものなのか、ということだろう。他のお客さんがいたら、言わなかったかもしれない。
「どうしてあんなことを言ったのかってこと?」
「いいえ私も別れた方がいいに決まってるとは思いました、女性の方はやたらつんけんしているし、男性の方は優柔不断で、おっと言いすぎでした」
「君の言う通り」
「だけど、どうしてあそこまで言えたのか不思議で……」
まるで先が見えるみたいな言い方をしていた。
「そんなことはない、何度か来てくれたお客さんだから常連さんの気安さがあっていってしまったんだ。ちょっと出しゃばりすぎだったかもしれない。あまり深く考えないで」
「あの……一つ質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「店長はとってもお若いのに、お店の方はとってもレトロ。不思議な気がしてたのですが?」
「うん、木造の古い建物に、チェーン店ではない昔風の喫茶店。どういういきさつで店長になったのか疑問に思うだろうね」
「……あっ、すいません。余計なことを、つい」
上目遣いの表情が何ともたまらない。この手で、何人の男がころりと騙されてきたのやら……。
「まあ誰しもが不思議に思うことだから、答えておくよ。ここはもともと両親が始めた店なんだ。親父は若いころはバンドマン、会社勤めをしたものの独り立ちしたいという夢が捨てきれずこういう形で独立。そんな父と出会ったのがファンの一人だった僕の母親。学生だった母は、良く演奏を聞きに行ってたそうだ。二人はすぐに意気投合、付き合い始めた。二人で働いた金を元手に喫茶店を始めた。初めは音楽喫茶なんてことも考えたらしいけど、それはかなわなかった。調理師の資格も取り、食事も提供できるようになり、何とか軌道に乗っていた」
「その後、ご両親は……」
「俺が大学生の時に自動車事故で二人とも亡くなった。高速道路上での事故で警察から知らせを受けた時には二人にはもう息はなかった。人の一生ってこんなあっけなく終わるものなのだって、その時思い知らされた」
「そんなことがあったなんて」
「それまでの俺は喫茶店を継ぐ気なんかまったくなかくて、大学で工学の勉強をし会社に就職するつもりだった。会社勤めをしてもっと広い世界を見たかった」
「でも、気が変わったんですね」
「両親がいなくなったこの喫茶店に一人でいたら、無性に店を閉めるのがもったいなくなってきた。っていうか、続けて欲しいっていう両親の念みたいなのが伝わってきた」
「それで後を引き継いで、店長になったんですね!」
「すぐにはできなかった。その時はまだ大学生だったから、卒業して専門学校で勉強して、ケーキ作りはパティシエの所で勉強して数年後に何とか始めることができた」
「きっと私でも、この店は閉めたくないだろうと思います。とっても素敵で、居心地がいいもの」
「来た人にそういってもらえるのが嬉しい」
出会ってわずかの相手に、店長になったいきさつを話していた。心のどこかに封じ込めようとしていた感情がほとばしり出た。両親にはまだまだここにいて心のよりどころになって欲しかった。その間自分は外の世界を飛び回ることができただろうに。
「すごいわ店長。ここでバイトさせてもらえて幸運です。実は私、ここで絶対にバイトしなければ、って突然思いついたんです」
「君も不思議な女の子だよね」
「……あ、そうですね。時々言われます」
やっぱりこの女の子、変な予知能力がある。
「辞めることはすぐにできるから、暫くの間でもやってみようって思ったんだ」
「これから責任重大ですね。へまをしないように頑張ります!」
「普通にやってれば大丈夫」
「少しでもお手伝いできれば……」
「まあ、僕は天涯孤独さ、誰に気兼ねもいらないのがいいところ」
「それも素晴らしいことです!」
おだてるのもうまいのかなあ彼女
おだてに乗らないように気をつけなきゃ……。
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