第8話 恋の修羅場
「やっぱりさ……考えは変わらないの?
「あのね、康太。これ以上付き合っても私たちうまくいきそうもないわよ。私とあなたではいろいろなことが違いすぎる」
「そりゃ俺はオタクでゲーム好きのインドア派。由紀はいつもアクティブ、人前で歌を歌ったり踊ったりするのが大好き、ドライブ大好きのアウトドア派だけどさ。お互い違っているからこそ面白味があるんじゃないか。俺ほど、君のことをよく理解している人間はいない。音楽だって好きに続ければいいし、応援もしてるっ!」
熱く語るごとに音量が大きくなり、口からは唾が飛んでいる。
その口をじっと見ながら女性が言う。
「ほんっと、数え上げれば違うことが多すぎるわよね私たち。それでうまくいってるカップルもいる、だけどそういう問題じゃないっ!」
由紀の方も腕組みをした。
両者にらみ合っている。
「何が問題だっていうんだ! 問題が起きても、一緒に解決するだけの忍耐強さも知恵もある。由紀に必要なのは冷静かつ理論的に物事を考えられる人間だ!」
その理屈には少し無理がありそうだ。
「私は、今のところバンドのメンバーとうまくやっていくだけで手いっぱいなの。あなたとは飲み会で気分が盛り上がって、つい付き合い始めたんだけど、付き合えば付き合うほどかみ合わなくなってくる」
「そうかよ……勢いで付き合ったってうまくいかないわけがないと思うが。俺にはまったく理由がわからないけど、考えを変える気はないってことなのか」
「もうしつこいわね~~。今回限りでもう会うのはやめましょう。コーヒーを飲み終わったら、お互い自分の道を行くの。いいわね!」
そんなに言われてもまだ引き下がれないのか、未練たらたらだな。
「……ふう~」
「あああ……ああっ!」」
すでに言いつくしてしまったのか、カップを置く音に交じってため息と唸り声しか聞こえてこない。
やっぱり別れ話が始まった。入ってきたときからそんな気がしていた。予測できたのだ。
このカップル、初めての客ではなかった。以前にも二人で幾度となく来店していた。初めは女性の方は面白そうにしていたのだが、回数を重ねるごとにぎくしゃくしていき、今日はこんな状況になった。
カウンターの中と二人の席には数メートルの距離はあるが、二人の様子はよくわかる。
男の方はいまだにぞっこん。だが、彼女の考えは変わらない。まあ、彼のことを愛しちゃいない。
その時、女性のスマホに着信があった。
即座にスマホを取り上げ立ち上がった。
「ちょっとトイレ」
「そっか……」
男はコーヒーを飲み終わり手持無沙汰な様子だ。俺は水差しを彼の所へ行く。
「お水、いかがですか?」
と顔を見て優しく微笑んだ。誰かに気持ちをぶつけたくなっている。こんな時は優しく声をかける。
「ああ……どうも。すいません大声を出してしまい……」
「いいんですよ。まだ、他のお客様もいらっしゃいませんので」
だから、空いているこの時間帯に来たのだろう。何度か来ているので、様子がわかっているのだ。
「差し出がましいことを申し上げる様で申し訳ありませんが、ここはあまり怒らせないで彼女のいうとおりになさるのも一つの方法かと……」
「そうかなあ?」
「しばらく会えなくなれば、彼女の気持ちも整理できて、また会いたくなるかもしれませんよ」
「そんなもんかなあ。僕あまり女性と付き合ったことが無いので、わからないことが多くて。お恥ずかしいです、こんなところを見られちゃって」
「恋愛に回数は関係ありませんよ。一度でも素晴らしい恋に巡り合えればそれで十分です。もちろんお決めになるのは、お客様ですが」
「うん、ありがとう」
男性は少しほっとしたような表情になった。
「お待たせ……」
「さっきの話だけど……君の言うとおりにするよ。気持ちが変わったら連絡してきて。それまではこちらから連絡するのはやめておく」
「そう……それでいいなら決まりね」
女性はスマホをぎゅっと握りしめて、口の端を上げた。
冷めたカフェオレを飲み干してから、二人は店を去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます