第6話 準備完了
それからふんわりと膨らみを持たせてアップにしていった。
わお~~、これが私、素敵。
美容師でもない人に髪の毛を触られたが、不思議と不快ではなかった。むしろ心地よい……。
「まあ……」
「黙ってて!」
程よい位置に髪の毛が固定され、バレッタを止めて毛先を覆い隠した。その間ほんの数分。
「ふう、ようやくみられるようになった」
「すごい、すごい! 見事な手さばき!」
「どうですか 前のお団子よりずっといいでしょ」
俺はちょっと得意げに腰に手を当てた。髪の毛が柔らかすぎて、ちょっと手間取ったけど、なかなかいい出来だ。
「どうしてこんな芸当ができるんですか? 凄いです!」
「自己流」
「器用なんですね、ひょっとして以前は美容師もされていたとか?」
「やったことはないけど、いとこの髪の毛をよくまとめてあげてるからね。そうそう、話してなかったけど時々手伝いに来てくれるんだ。今度キタラ紹介するよ。勿論バイト代は出してる」
「そうだったんですか……」
「そりゃ一人じゃ、何かあったときに動けないから困るだろ」
「それはそうです」
ああ、バカな誤解をしてしまい恥ずかしい。だけど女性の髪の毛を触り慣れてるなんて、見かけ以上の強者、いえいえ実は彼女がいていつもセットしてあげているのかもしれないわね。
階下に降りてようやく開店準備に取り掛かろうとした矢先……。
「今日は接客はやらなくていいから」
「え……それはどういうことですか」
そのためにバイトを募集したのではなかったのだろうに。
「カウンターの中にいてくれればいいです」
「接客はやらなくていいと……」
「今日は僕の動きをよく見ていてください。それからです、接客をするのは」
「ああ……そういうことですか」
研修期間ということね。それならそうと言ってほしいわ、と納得する。
建人はちらちらと彼女の動きを見ていた。
どうも彼女の目付きが気になる。少し様子を探ってからやらせた方がいいだろう。彼女に動き回られて、何か事が起きたら大変だ。眼だけではない、不思議な力を感じるのだ。カウンターにいれば、一緒にいる時間が長くなる。その間じっくり観察してみよう。
「コーヒーの淹れ方は教えてくださるんですね」
「そうです。でも今日はお客さんには出さないでください」
「はあ……」
そんなに難しいの、ここのコーヒーの淹れ方。
「……その分、後でたっぷり働いてもらうから」
ああ、そういうことなら。
「頑張ります。体力には自信があります」
「では、始めましょう」
「はい」
カウンターの奥へ連れていかれ、さらに奥待った部屋へ入っていくとテーブルの上には焼きあがったケーキがホールのまま置かれている。建人はそれを器用に切り分けた。これを冷蔵ケースに入れてください。
「わあ、すごい美味しそう。チーズケーキにチョコレートケーキ、これは……」
「あとから一期と生クリームを盛り付けて、イチゴのシフォンケーキにします」
「これぜ~んぶ店長さんが焼いたんですか?」
「その通り」
「本格的なんですね。プロみたい……っていうかプロだものね」
「まあ……ちゃんと勉強してきたから、プロのパティシエの所で」
頬がほんのり上気しているのがわかる。やはり褒められると素直にうれしい。
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