第4話 後日

 健人は腕組みをして考える。


 う~む、コーヒーを飲んでからバイトに応募するなんて、余裕の態度だったな。何か企んでいるのやら。どうもよくわからない。大抵の女性の考えることはお見通しなのだが、彼女は何を考えているのか、まったく見当がつかなかった。


 ああ、でも娘もう来ることはないんだ。こちらから断ったんだからな。


 触らぬ神に祟りなしという言葉もあるじゃないか、あんな女には関わり合いにならないほうがいいだろう、と自分を納得させようとしたが、そうすればするほどどうも心に引っかかる。


 考えていることがわからないのが癪だ。


 きっぱりと断ってしまってから、どんどん疑念がわき、疑念が疑念を生みそれが耐え難い好奇心に変わってきた。


 謎の女か……このままにしてはいけない。


 ―――行動に移さねば。


 とうとうむくむくと湧き上がる好奇心にあらがえきれなくなった。



 そして―――数日後 絵梨のスマホに着信があった。


 見慣れぬ番号? いいえ、一度だけ見たことがあるような、そうだあの喫茶店の店主のスマホから。


 ムムム……今頃何用?


「もしもし~~、はいそうでございます」

「あのね……この間は不合格って連絡したんですけど……大変言いにくいことなんですが……少々事情が変わりまして。なんといったらいいのやら」

 やたらもじもじしている。というか、うじうじしてるといった方がいい。

「ええ、どのようなご用件でしょう?」

 できるだけつっけんどんにならないように答える。

「ズバリ言いまして、熟慮した結果、やはり来ていただけないかと……ああもう他へ決まってしまったら仕方ありませんが」

「……はあ」

「無理ですよね~」

「他のバイトといたしましても……」


 以前のバイトはやめてしまっていたので、目下のところはフリーだ。要するに他のバイトなどない。だが、二つ返事で引き受けて舐められるのもしゃくだ。


「まあ……いろいろやっていることはありますが、都合をつけてそちらへ行けないこともありませんね……そうですねえ、どうしようかしら……」

 と気を持たせた。

「ご無理だったら、結構なんですが」

「えっと……う~ん、無理ってわけじゃあないですけど。そうですねえ、たってのお願いということですので……」

「はい」

「ええ~~っと、それじゃあお引き受けさせていただきます」


 それほどお願いされたわけではなかったのだが、そういうことになった。


「それじゃ、話は決まりですね。来週から早速働いてください」

「まあ、突然ですが、行きます」

「悪いですねえ」

「準備などはいりますか? 持ち物とか」

「うちはチェーン店ではないので、服装は基本的に自由です。エプロンはお貸ししますので持ってこなくてもいいですよ。それからですねえ、言いにくいことなんですが」

「ええ、何でもおっしゃってください」

「あの髪型はどうも」

「ああ、そうですよね。もちろんあんなお化けみたいな髪型にはしませんのでご安心ください。すっきり整えてまいります」

「ああ……そこのところはよろしく」

 ほっと胸をなでおろした。あんなお化けみたいな髪型じゃ、お客が逃げてしまうよ、とは言わなかったが。

「詳しい仕事内容はこちらへ来てからご説明します」

 と最後の一言を残して電話は切れた。


「ふ~~っ、やっぱり合格だったんじゃない。気を持たせる人ね。まったく」


 と鼻歌を歌い始めた。

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