第2話 まさかの一目ぼれ?

「お水をどうぞ」と静かに置いたグラスを持つ手の形がよい。

「あ……すいません」


 絵梨は、一瞬どぎまぎしてしまう。手の形も自分好みだ。


 だが、それ以上にいわくありげな彼の微笑みは、ぐっと心を射抜いた。


 厨房に引き下がる後ろ姿に目が離せなくなり、そんな自分が信じられず妙な気持ちになった。


 一目ぼれ……私に限ってそんなはずはない。いまだかつて一目ぼれをしたことはない。


 一方建人の方も、見つめられているのがわからないほど鈍感ではない。


「あの娘、俺のことをじっと見てるぞ。一目ぼれしたのか?」


 いつもながら、女性には優しく声をかける建人だが、いつものお客とは幾分違っていた。


 絵梨には並々ならぬ雰囲気が漂っていた。


 俺とどこか共通点がありそうだ……と健人もがぜん興味がわいてきた。飛び切りの笑顔で応対する。


「ブレンドコーヒー、おまちどうさま」


 再び絵梨の目がきらりと光る。


「はい……ありがとう。い~い香りだわ」

「特性ブレンドです、ごゆっくりおくつろぎください」


 へえ、特製なの、とカップの中をじっと見つめる。


 カップから顔を上げた瞬間……目が合った。


 おっと、まともに正面から顔を見てしまった。凄い美男子なのじゃないだろうか。正真正銘の美男、仲良くならない手はないわよと、心の中の女子が囁いてくる。


 まだ、行かないでと念じる。 


「う……ん、美味しいわ~~」と語尾を上げる。

「ブラックでお飲みになるとは、通ですね」

「まあ……その、まずはコーヒー本来の味をしっかり味わいます」

「やはり通だ」


 とおだてられてびしょ濡れの体が上気してくる。


 本来はミルクたっぷりのを飲むのだが、この場の成り行き上ブラックで飲むのもいいかもしれない。彼が引っ込んだらミルクと砂糖をたっぷり入れればいいや。


 だが、まだ彼は動かない。


 至近距離にいる。


 お客の反応を見るのが、お好みなの? マスターのプロ意識を刺激してしまったか? 


 会話を続けよう。


「外は寒かったから、温かいものがうれしいわ。体に染みわたります~~」


 と声のトーンはさらに高くなる。微笑みなども顔に張り付いているが、まったく様にならなかった。髪の毛はびっしょり濡れてペタンコだし、それが顔に張り付いているのだから。


「では、ごゆっくり温まってください。これからきっと良いことがありますよ」


 良いことって、どういうこと、ときょとんとしてミルクをたっぷり入れてカップを両手に持った。


 あの娘目がとろんとしてる。


 またここへ来るだろうな、と健人は厨房に入り独りつぶやいた。

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