魔法のコーヒーはいかがですか
東雲まいか
第1話 雨宿り
「あ……」
ぽつりと雨粒が頬に落ちた。
それは、あっという間に額に落ち、後頭部を濡らし……。
「あれ、あれ、雨が降ってるけど、こんなの予報にあった?」
天気予報では曇りだったはずだけど……。
「冷たいなあ、もう。家までは持つかもしれない、この位の雨ならば」
これ以上強く降らないで、と念じて歩みを早める。
家まではあと、10分ぐらい。その間持ちこたえられれば何とかなる。
木沢絵梨(きざわえり)は足取りを次第に早めた。早歩きから、ほとんど走っている状態になった。しかし、天は彼女の望みなどかなえてくれるはずもなく、弱まるどころか本格的になってきた!
「あああ……! どんどん濡れていく、これから駅へ引き返して傘を買うのもしゃくだし。うう~~ん」
ついてなかった。
なにせ天気だけに、怒っても仕方ないのだが、腹が立ってくる。たった一本の傘がないせいで、く~~~~っ、この無様な有様、悔し~~い!
「はあっもう、これ以上濡れたくない……。ああ……どうにかしないと……体の中、いえ下着までべちゃべちゃになって、気持ち悪い~~、あああ~~ん、やだ!」
道行く人が怪訝な顔で絵梨の顔をのぞき込む。
それもそのはず、心の中でつぶやいていたつもりが、いつの間にか声に出していっていた。独り言というやつだ。変な女、とじろりとにらむ輩もいる。
ふんっ、どう思われたっていいわよ。
どこかで雨宿りしたい、適当な場所はないの?
と思っていると目に入ったのは一軒の喫茶店。ちょっとレトロで、古めかしい。今まで入ったことはなかったのだが、この際どこでもいいわ。
「この際贅沢は言えない、おあつらえ向きじゃない。ここで雨でも眺めてようか! カフェだけに、ドリンク一杯で雨が止むまで粘れるってもんだわ」
もちろんいくらでもいられる、というわけにはいかないのだが、すでに髪はびしょ濡れ、前髪からはしずくが垂れ始め瞼を濡らしているのだから、シェルターと言えなくもない。
「ふう~~っ」
冷たい外気との温度差に思わず頬の肉が緩む。
席は空いてるようだけど、さってどこへ座ろうかな。壁側と中央、そしてカウンターがある。
居心地のよさそうな場所を素早く探す。
「あれ、店員さん誰もいないの……それじゃ、窓際の四人掛けの所に座ろかな……」
「いらっしゃいませ!」
「おっと」
いたなら早く出てきてよ。
そこに現れたのは、この店の店主土門健人(どもんけんと)。料理の腕はかなりのもの、すらりと長身で彼を目当てに通う女性客も数多い、という隠れた名店主だ。
彼女の入ってきた理由が健人には一目でわかる。急な雨に降られて、雨宿りのつもりで来たのだろう。まあ、見ればわかるけれども。
健人は柔らかく甘い声で優しくいったのだが……彼女を見た瞬間、彼の脳内では様々な情報が飛び交っていた。
前髪から水滴がしたたり落ちてるところはまるでホラー映画の登場人物のようだ。不気味な雰囲気を醸し出してる。綺麗な顔が台無しだ。だが、そんなことはもちろんおくびにも出さない。大切なお客さんだからね。
「お好きな席へどうぞ」
「どうも……じゃ、そこへ」
空席は半分ぐらいあったので、壁側の四人席へ腰かけた。
健人はエプロン姿で微笑みながら愛想よくいった。
「急に降ってきて、大変でしたね」
「はい。予想外の雨で。今日に限って、傘を持ってなかったもので」
この通りとびしょ濡れですと言い訳するように、ハンドタオルを出し髪から滴り落ちる水滴を拭いた。タオルがびしょ濡れになった。
メニューにはコーヒー、紅茶、パスタやサンドイッチなどの軽食が書かれている。
「えっと……コーヒーお願いします」
「ブレンドですか?」
「あ、じゃ、それで」
建人は、両方の口元を少し上げた。かしこまりましたの合図のつもりだ。
それをすかさず目の端にとらえた絵梨の目がきらりと光った。
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