無駄話 一方その頃、人間界は③

「ふふふ……ふはは……あーっはっはっは!」


 目の前で気が触れたように大笑いする男は、勇者ファルガ。聖女アリエッタが一人残された魔界への侵入を企て、あの手この手で結界を壊そうと試みてきた。


 その度に付き合わされていた騎士カインは、(いい加減、諦めてくれないかな……)と、日々げんなりとしていた。


 ファルガはここ一年程、結界への物理攻撃をやめて王城へと通うことが多くなっていた。

 一応は勇者の肩書きを持つ者として、要請があれば各地に赴き山賊や盗賊の退治、そして慈善事業にも精を出している。もちろんカインはお目付役としてそのどれにも付き合わされているのだが。


 そしてその合間に何度も王城に通い、コツコツと準備してきたことが整った今、ファルガは大きくのけぞって両手を広げて天を仰いでいる。


「はは……! ようやく解放できるのだな!」


 長かった。遺物であるの使用を国王に嘆願し、聞き入れられたはいいが、兵器を解放するためには何人もの魔術師による魔力装填が必要だった。


 千年以上もの間眠っていたコアとなる部分が息を吹き返し、ピクリとその手が動くまでに、有に一年を費やしてしまった。


 古代兵器は城門を超えるほどの大きさがあり、首が痛くなるほど仰いで見なければ視界に収まらない。

 ギギギ……と顔を動かし、ブゥンと目に光を灯した兵器を前に、ファルガは狂った笑みを浮かべている。


「ああ……やっと迎えに行ける。アリエッタ……待たせたなあ……もうすぐ助けに行くからなあ」


 ファルガが要請した国軍と魔術師団の準備が整い次第、古代兵器の力で門を破壊して魔界に侵攻する。


 かつて一国を滅ぼしたというほどの強大な力、そして何万もの兵を目の当たりにすれば、魔界はあっという間に陥落し、囚われのアリエッタを救い出せるという算段だ。かつて訪れた緑豊かで長閑のどかな魔界は、一瞬にして火の海と化すだろう。


 兵を動かすにあたり、国王に求められていることは二つ。


 一つは、聖女アリエッタの奪還。帰還の暁には、勇者ファルガの妻として迎えることとなっている。既に結婚式の準備は進められていて、魔界から戻ってすぐに挙式できるように整えられている。


 そしてもう一つは、完膚なきまでに魔界を蹂躙すること。魔物を根絶やしにし、魔王の首を討つ。そうすることで、人間界に永遠の安寧が訪れる。

 魔物の脅威もなく、大きな自然災害にも見舞われずに既に平和な世であるにも関わらず、愚かな国王は疑うことなくそう考えている。


 カインは、ここまで粘着質な男たちに執着されるアリエッタを不憫に思わずにはいれない。


 それに、あのアリエッタが素直にこちらの要望に応じて帰ってくるとは思えなかった。

 無理に連れ戻そうとして、彼女の逆鱗に触れたら――それこそ人間界はひとたまりもないだろう。

 味方のうちは頼もしかったが、アリエッタの底知れない魔力と実力に畏怖の念を抱かざるを得なかった。けれど、さすがのアリエッタでも古代兵器を前にしてなす術もなく連れ戻されるだろう。古代兵器はカインの目から見ても不気味なほど異常な力を秘めていた。


 カインがため息をついたタイミングで、城の兵士が書簡を持って駆けてきた。


 その内容を確認したファルガの口角がこれでもかと吊り上がる。


「ふはは! 七日後には準備が整うそうだ。ああ、アリエッタ……七日後、そう、七日後に俺は失ったもの全てを取り戻す!」


 愛する女、魔界を制した勇者への賛辞、膨大な報酬、未来永劫語り継がれる武勲。


 国や人間界のためでなく、自らの欲望のために一つの世界を犠牲にしようとしている男を前に、カインは(狂っている)と思わずにはいられなかった。

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