閑話 深夜の緊急会議⑧
「いよいよですね」
ウェインの言葉に、その場に集まった一同の表情が引き締まる。
雪解けの季節を越え、新緑が芽吹く季節となった。
お馴染みの黒い壁には、『成人の儀』についてと議題が記されている。
成人の儀。
二回の成長期を経て心身ともに大人に成長した魔王が、覚醒のために望む儀式である。
魔王は力の衰えを感じるたびに生まれ変わり、記憶と力を引き継いできた。
第二次成長期を終え、いよいよルイスが成人の儀を迎える時が来たのである。
「成人の儀は、世界樹で行われます。世界樹の麓で七日間の眠りにつき、記憶と魔王の真なる力を引き継ぐのです。その間が最も魔界が不安定な時期となりますが、人間界と魔界を結ぶ門はアリエッタ殿が日々強力な結界を張ってくださっておりますので、心配はないでしょう。記憶を受け継がれるといっても、人格まで変わるわけではありません。ルイス様はルイス様ですので、その点はどうか各自ご認識ください」
「はあい」
「うむ、もちろん理解している」
「ワシかて長く魔王様にお仕えしておるのだ。成人の儀も数度目じゃわい」
「は、はいっ!」
今回も会議に召集されたアリエッタであるが、ウェインの言葉を聞いて何処かホッとした様子である。
それもそのはず、成人の儀の説明は事前に受けていたものの、真なる魔王へと覚醒したルイスの人格までもが変わってしまうのではないかと密かに不安な気持ちを抱えていたのである。
「世界樹は城からも見える魔界の中央に生える霊木です。ルイス様が世界樹にて眠りにつかれている間は、我らが魔界を守るのです」
魔物同士の諍いや、大雨や洪水といった自然災害への対応、そして侵略者への対応。
「ルイス様が真なる魔王として覚醒した時に、笑顔で迎え入れるために精一杯努めましょう」
一同は一様に神妙な面持ちで頷いた。
そんなピリッとした緊張感を破るように、ウェインが優しい笑みを浮かべた。
「こうして無事に成人の儀を迎えられるのも、日々皆さんがルイス様のために尽力されているおかげです。これからも共に頑張ってまいりましょうね」
「はいっ!」
「もちろんよ」
「ああ、当然だ」
「当たり前じゃ! う、うおおおん」
いよいよ成人を迎えるルイスを思い、感極まるカロンを宥めつつ、この場は解散となった。
「ミーシャ」
「きゃあっ」
緊急会議が解散となり、各々が自室へと足を向けた後、二人きりになったタイミングでウェインがミーシャの名を呼んだ。
「な、なによお」
急に呼び止められてドキドキ高鳴る胸を押さえながら、ミーシャはじっとりとウェインを睨みつけた。
素直に喜べばいいとは内心分かっていても、どうしても素直になれずに突っかかってしまうミーシャである。
そんなミーシャの心の内はウェインにはお見通しで、楽しそうに目を細めている。
「あと数日でルイス様が成人となられます。あの日の話を覚えておりますか?」
『――無事にルイス様の成人を見届けるまで、もう少し待っていてくれますか?』
ミーシャがウェインの部屋を訪れたあの日、ウェインの腕の中で告げられた言葉。
ミーシャがその言葉を忘れるはずがなかった。
「……覚えているに決まっているでしょお」
少し拗ねたように頬を膨らませるミーシャ。
ウェインはそんなミーシャを愛おしそうに見つめ、膨らんだ頬にそっと手を添えた。
「っ!」
「覚悟は、もう決まりましたか?」
「えっ、あっ、ええっと……」
細められた赤い目は情欲の色を宿し、猛禽類のような鋭さを内包している。
そのことに気づかないミーシャではないが、照れ隠しで思わず言ってしまった。
「か、覚悟って、何の覚悟よ……」
言ってから、パッと慌てて口元を両手で覆ったが、手遅れだった。
ギラリと目の色を深くしたウェインが、ジリジリとにじり寄ってくる。あまりの圧にたじろぎ、後退りをするミーシャ。
城内の広い廊下とはいえ、数歩で壁際まで追いやられてしまう。
壁とウェインに挟まれて逃げ場を無くしたミーシャは、目の前でシャツの首元をくつろげるウェインから目を逸らすように俯いた。
「こちらを見なさい」
「っ」
けれど、それを許すウェインではない。
クイッと呆気なく顎を掬われて、吐息がかかる距離まで顔が近づいてくる。
「何の覚悟か、とおっしゃいましたね」
「あ……」
「もちろん、私のものになる覚悟、ですよ。――身も心もね」
「~~~っ!」
咄嗟に反論しようとした言葉は、ウェインの熱い唇に飲み込まれてしまった。
「……ああ、すみません。動揺するあなたが可愛くて、つい触れてしまいました。続きは数日後、無事にルイス様の成人を見届けてから、ですね」
そう言いつつも、ウェインはもう一度ミーシャの唇を食んでから、静かにミーシャを解放した。満足げにペロリと自らの唇を舌で舐め、放心するミーシャに「では、おやすみなさい」と告げて立ち去ってしまった。
「も、もうっ!」
止まっていた時間が動き出したかのように、へなへなとその場にへたり込んだミーシャは、火を吹きそうなほど熱い頬を両手で押さえた。
ミーシャに残された猶予はほんの数日。それまでに覚悟を決めなくてはならない。
「好きすぎて無理……」
ミーシャの溢した囁きは、長く暗い廊下の奥へと溶けて消えていった。
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