第八話 暑い日は水遊びをしましょう 2

 翌日、今日も日差しが強いので、勉強と昼食を終えてから、私たちは中庭でフェリックスと遊んでいた。


「アリエッタちゃ~ん!」

「あれ、ミーシャお姉様?」


 その時、ミーシャお姉様が片手をブンブンと振りながら私たちの元へ駆け寄ってきた。はっ! いけない!


「お姉様! 走ってはいけません! こ、溢れ落ちそうです!」


 ボインボインと豊満なお胸を揺らしながら駆けてくるミーシャお姉様だけれど、お年頃のルイ様の目には毒だわ!

 私は両手を振ってルイ様の視界を妨げながら、慌ててお姉様の元へと駆け寄った。


「アリエッタちゃん、行くわよお!」

「え、ちょ、どこに……わああ!」

「ミーシャ!? アリエッタをどこへ連れていくのだ!」


 むんずと腕を掴まれてズルズル城内に引き摺り込まれる私を慌てて助け出そうとルイ様が駆けてくる。


「大丈夫ですよお。うっふふふ……ルイス様は楽しみ待っていてくださいねっ」


 パチン、と魅惑的なウインクを飛ばして、ミーシャお姉様は細腕に見合わない怪力で、私は抵抗する間も無く衣装部屋へと連れ込まれてしまった。





「こ、これは……」


 そして、「じゃーん!」と見せられた服を前に、私は固まった。


 え、これは、服と言えるの?


「ふふっ、昨日アリエッタちゃんが水遊びしたいけど服が濡れるからできないって言っているのが聞こえて、カロンと一緒に用意したのよお」


 ミーシャお姉様が両手に掲げるのは、つるりとして水を弾きそうな生地の服……というより下着のように布地が少ないものだった。


「えっと……こ、これを、私が着るのでしょうか?」

「もっちろん! どう? どう? 可愛いでしょう? 意外と生地が柔らかくて、加工もしやすかったから夢中で仕上げちゃったわあ」


 キラキラと曇りのない眼差しで見つめられては否定なんてできず、意志の弱い私は引き攣る頬で懸命に笑顔を作って頷いた。

 それに、わざわざ私のために作ってくれたのだろうから、その好意を無碍にすることはできない。恐る恐る手に取り質感を確かめると、やっぱり普通の布とは違った肌触りをしている。


「さ、早く着てみてちょうだい! ああん、焦ったいわ! えーい!」

「ヒイイッ」


 私がもたもたしていると、痺れを切らしたミーシャお姉様が襲い掛かってきた。あれよあれよと仕事着を引っぺがされて身包みを剥がれてしまう。


「ちょ、ちょちょ! この先は自分で脱ぎますから!」


 私の下着にまで手をかけようとしてきたお姉様を必死で阻止し、私は部屋の隅に退散する。

 うう、改めて見ても布地が心もとない……振り返ると目を爛々と輝かせたお姉様が鼻息荒く手をワキワキ動かして、今にも飛びかかってきそう。これは観念して着るしかなさそうね。渋々下着を脱いで、お姉様が作ってくれた服に袖を通す。


「やーん! 可愛い!」

「あ、あの……ちょっと露出が激しすぎやしませんか?」


 ミーシャお姉様曰く、この服は水中で着用する『水着』というものらしい。


 胸元はバンドのようにヒラヒラとレースを模したデザインで、胸の形を誤魔化してくれている。その胸当てを支えるには細すぎる紐を首の後ろで結んでいて、下もショートパンツの上にパレオという薄地の布を巻き付けているだけだ。


「そんなことないわ! 色気のないアリエッタちゃんにはこれぐらいでちょうどいいのよ」

「え? 何か失礼なことを言いませんでした?」

「さ、早速お披露目よ~!」

「えっ!」


 ミーシャお姉様の発言に引っかかっている間に、再び腕を引かれて中庭まで連れて行かれてしまう。まずい、この先にはルイ様が……こんな格好、お見せするわけにはいかないのに……!


 どうしよう、と対策を講じる間もなく連れてこられた中庭には、なぜかカロン爺とウェインさん、さらにマルディラムさんの姿まであった。


「ほう、防水布がこうも姿を変えるとは」

「アリエッタ殿、素敵ですよ。フェリックスも一緒に遊べて喜ぶことでしょう」

「うむ。悪くはない」


 三人ともうんうん頷いて褒めてくれるけど、私は何の反応も示さないルイ様が気になって仕方がなかった。視線でルイ様を探すけれど、なぜか中庭に姿が見えない。


「えっと、ルイ様は?」

「ああ、先ほどフェリックスがボールを飛ばしてしまいまして、ルイ様自ら取りに行かれております」

「ワシが行くと申したのに、ご自身で行かれると聞かなくてのう……」

「そ、そうですか」


 この場にルイ様がいなくてホッとした。だって、お腹も足も露出しているのだから、こんな格好をルイ様に見られたら恥ずかしすぎて絶対倒れる。


「それにしても、防水布か……浴室の掃除や園芸の作業着にも使えるかもしれんのう」

「あら! いいじゃなあい。腕がなるわあ」

「そうですね。使わずに倉庫にしまいっぱなしというのも宝の持ち腐れですし、色々試作してみるのも面白いかもしれません」

「エプロンの生地にもうまく取り入れることはできるか?」


 私を囲んでみんなが意見を言い始めた時、背後でボトッ、ポーンポーン、と何かが弾む音がした。


「ん? ……あっ」

「ア、アア、アリエッタ?」


 振り向いた先にいたのは、折角取りに行っていたというボールを落として呆然と立ちすくむルイ様だった。

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