第八話 暑い日は水遊びをしましょう 3

 バチッと目が合い、ルイ様の視線がゆっくりと私の水着に落ちていく。途端に、カァァッと身体が熱くなってこの場から逃げ出したくなった。


 けれども、周りをミーシャお姉様たちに囲まれているので、走り去っていくこともできずにアワアワ狼狽えていると、ルイ様の表情がみるみるうちに険しくなっていった。


 え、何!? 怖い怖い! 怖いです!


 ルイ様は長い脚であっという間に私の前まで近付いてきて、何を思ったのかブチブチブチィッとご自身のシャツのボタンを弾き飛ばしてシャツを脱ぎ始めた。


「えっ! ちょ、ルイ様! 何を……」


 ギョッとする私から顔を背けながら、ルイ様は脱いだシャツを押し付けるように肩にかけてくれた。


「ろ、露出しすぎだ! それに、他の者にこれ以上アリエッタの白い肌を見せたくはない!」

「へあ……?」


 片手で目を覆って捲し立てるように言い切ったルイ様の言葉に、間の抜けた返事をしてしまう。遅れてブワッと頬に熱が集まった。


 周りのみんなはニヤニヤと緩み切った表情を隠す素振りもない。ミーシャお姉様は、「やあん、ご馳走様」と両頬に手を添えてクネクネ腰をくねらせている。


「えっと……ありがとう、ございます?」

「う、うむ」


 甘酸っぱい空気が流れる中、沈黙を破ったのはミーシャお姉様だった。


「はーい! ルイ様がアリエッタちゃんを独り占めしたいみたいだから、邪魔者は撤収よお」

「む……じゃが、まだ防水布が実際に水を弾くところを確認できておらぬぞ」

「はいはい、そんなのは後でも確認できるでしょう。さ、行きましょう」

「お、おい……」


 カロン爺の背中を強引に押しながら、城の中に消えていくミーシャお姉様。「やれやれ」と肩をすくめながらマルディラムさんも立ち去り、終始にこやかな笑みを携えていたウェインさんも、軽く一礼をしてから姿を消した。


 え、待って、置いていかないで!


 その場に残されたのは、大事なところしか隠れていない防御力低めの私と、相変わらず片手で目を覆ったままのルイ様二人。ついでにフェリックス。


「……それで、その服……なのか? 布地が少なすぎるが……その格好はどういうつもりなのだ?」


 チラリと視線をこちらに向けては逸らしてを繰り返すルイ様に、私は水着のことを説明した。


「私がフェリックスと一緒に水遊びができる服があれば、と言ったのでカロン爺とミーシャお姉様がわざわざ用意してくれたようで……私もこの服……? には戸惑いましたが、折角なのでフェリックスと水浴びがしたいなあと思っておりまして……」


 ダメでしょうか? とルイ様の顔を見上げて、窺うように首を傾けた。意図せず上目遣いで見つめる形となり、ルイ様は「ぐっ」と一歩後ずさってしまった。


「し、仕方がない。折角用意してくれたのだから、今日だけ許可する」

「ありがとうございます!」


 話がまとまったタイミングで、待ちくたびれた様子のフェリックスが「キュウウーッ!」と鳴いた。


「あ、フェリックス! ごめん、待ってたよね」

「キュウキュウ!」


 早く早く、と急かすように鼻先を擦り付けてくるので、私は笑いながら魔法で水を生み出した。


「ルイ様、お願いします」

「任せておけ」


 私が生み出した水をルイ様の風がそっと包み込む。弾けた水は、細かな水滴となって辺りに舞い散った。


「キュウッ!」

「あはは、気持ちいいね」


 いつもは水を被らないように、離れた位置で魔法を発動していたけれど、今日はフェリックスの隣で一緒に水を浴びる。暑さ以外の要因で火照っていた身体も程よく冷えていく。防水というだけあって、水着も水を吸うことなく表面で弾いているようだ。


「あっ! ルイ様のシャツが……」


 服に視線を落とし、シャツがしっかり水を含んでから、ようやく借り物だったと思い返して顔を青くする。


「よい。余がアリエッタに与えたものだ。それに、ボタンが弾け飛んでシャツもところどころ破いてしまったからな」

「た、確かに……」


 シャツを引きちぎってしまったルイ様は、薄手のインナーと長ズボンという随分ラフな装いとなってしまった。


 もうしばらく水遊びを楽しみ、フェリックスが満足したところで切り上げた。


「ルイ様っ!」

「そのままだと風邪を引く」


 ルイ様のところに駆け寄ると、ルイ様はフッと優しく微笑んでから火魔法と風魔法を組み合わせて温風を作り出し、濡れた髪と身体を乾かしてくれた。


「ありがとうございます。複数属性の操作もお手のものですね」

「師がいいからな」

「恐縮です」


 ふふっと互いに笑い合う。私は、こんな風に軽く冗談を言って笑い合う時間が好きでたまらない。


 私は口元に拳を当てて笑うルイ様の身体に視線を落とした。

 暑い時期で最近は薄手の服を着ることが多いルイ様。ボディラインがよく分かり、ルイ様の成長した体躯を目の当たりにすると、もう男の子ではなく、男の人になりつつあるのだなと実感する。


 ああ。また、胸板が厚くなった気がする。


 吸い寄せられるようにそっと手を添えると、ビクリとルイ様の身体が強張った。

 見上げた金色の瞳の更に上、ルイ様の頭の上に手を伸ばす。


「角も、大きくなりましたね」


 昔はちょこんと乗っている可愛いサイズ感だった角も、私の手に収まらないほど大きくなっている。


 ルイ様の背がもっと伸びてしまうと、こうして頭に触れることもできなくなる。

 しみじみとした気持ちで、スウッと手でなぞるように触れると、漆黒の角はつるりと滑らかで気持ちがいい。


「ア、リエッタ」

「え……」


 無心でルイ様の角に触れていると、掠れた声で名前を呼ばれて、手首を掴まれた。

 そのままグイッと手首を引かれ、ぽふんとルイ様の胸に飛び込んでしまう。急にルイ様の身体と密着し、思考が停止する。


 ドキドキとうるさい鼓動はどちらのものなのだろう。


 クラクラと目が回りそうになってきた時、グッ、と息が詰まるような音がした。


「はあ……す、すぐに身体に触れるのはアリエッタの悪癖だと思うぞ」

「あっ! すみませんっ! 許可もなく……」

「いや、いい。ただし――余以外の男に触れることは許さない」

「わ、分かりました」


 ルイ様の胸の中でルイ様を見上げると、思ったよりも間近にルイ様の顔があって慌てて再びルイ様の胸に顔を埋める。


「そ、そろそろ着替えに戻ろう。……もう、色々と限界だ」

「え?」


 懲りずに再び見上げると、ルイ様は両手で顔を覆って天を仰いでいる。あ、ルイ様の耳が赤い。と、手を伸ばしそうになって、つい先ほど注意されたことを思い出して慌てて手を引っ込めた。


「そ、そうですね。この水着はミーシャお姉様に返してきます」

「……別に、返さなくてもよい」

「え? でもやっぱり露出が激しいですし……」

「……余の前では、たまになら着てもいい」

「え……?」


 その真意を尋ねる間も無く、ルイ様は私を解放すると素早く手を取って私の部屋まで送ってくれた。依然としてルイ様の耳は赤かった。

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