第六話 ルイ様と離れて過ごす一日 4
「お邪魔しまーす」
地下から出ると、ちょうどアフタヌーンティーに程よい時間帯となっていた。
ひょっこり厨房に顔を出すと、いつものエプロン姿のマルディラムさんがカートに山盛りのお菓子と三段もあるケーキスタンドを運び出すところだった。
「丁度いいところに来たな。行くぞ」
「え、行くぞってどちらへ?」
私の問いには答えずに、ズンズンとカートを押しながら廊下を進んでいくマルディラムさん。私は慌ててその背を追いかけた。
そして到着したのは、中庭の中央に設置されているガゼボだった。
「いらっしゃあい」
「お姉様!」
ガゼボには既にミーシャお姉様の姿があった。ヒラヒラと白魚のような手を振って微笑んでいる。中庭の妖精のようだわ!
「お主も座っていないで手伝え」
「分かっているわよう」
マルディラムさんに呆れたように言われて、プウと頬を膨らませたミーシャお姉様は、カートからケーキスタンドを取り出してガゼボに用意されたテーブルに置く。そこに素早くマルディラムさんがお菓子をセットしていく。クッキーにマドレーヌ、フィナンシェにマカロン。一口サイズのケーキは溶けないように氷魔法が施された特注の入れ物から取り出していた。ケーキだけでもショートケーキにチョコレートケーキ、チーズケーキにフルーツタルトなど、彩り豊かである。ジュエリーボックスから飛び出した宝石のように美しい。
「すごい……食べるのがもったいないです」
「ふっ、食べてもらうために作ったのだ。ある程度目で楽しんだら食べてみてくれ」
「では、遠慮なくう」
「あっ、おい!」
目を輝かせてケーキスタンドを上から横から眺めている間に、スッと艶やかな手が伸びてきてクッキーを一つ攫っていった。
「んん~、おいひい~」
「はぁ……これはアリエッタのためにだな……」
頬に手を添えてモグモグと幸せそうにクッキーを咀嚼するミーシャお姉様を嗜めるマルディラムさん。ごくんとクッキーを飲み込んだミーシャお姉様は、チッチッと得意げな顔をして指を振った。
「こーんな美味しいもの、一人で食べるよりも大勢で食べた方が幸せ倍増よお。それに、一口サイズに作ってくれているとはいえ、これだけの種類を全部は食べられないわよ。ねえ、アリエッタちゃん」
「えっ、あっ、はい。私もみんなで食べる方が好きです!」
半ば圧倒されるように同意すると、「アリエッタがいいのならば、異論はないのだが……」とまだ少し不満げなマルディラムさんが席についた。いつの間にかティーカップが用意されていて、多めの茶葉で淹れたアッサムティーにたっぷりのミルクを加えてくれた。
「自由に食べるがいい」
「ありがとうございます! いただきます!」
まずは気になっていたマカロンを摘んで口に放り込む。ピンクのマカロンはクランベリー味だった。噛むと口内でほろりと崩れ、中にはクランベリーをたっぷり混ぜ込んだクリームが挟まれていた。黄色はシトロン、茶色はチョコレート、アールグレイの茶葉を生地に混ぜ込んだものまであって本当に手が込んでいる。
「幸せ……」
神殿時代は節食が基本だった。硬いパンにスープに果物。お肉なんて月に一度食べられるかどうか。私の頑張りでがっぽり儲けた神殿の上層部が甘い蜜を吸っていることは知っていた。私が我慢して頑張れば、生まれ育った大切な孤児院を支援してくれるというから耐えられた。院長が定期的に近況報告に来てくれたので、孤児院の支援に関しては約束が果たされていると確認できた。
私がいなくなって、支援が打ち切られていなければいいのだけれど。人間界への未練はそれぐらいかしら。
これまでの私は自分を剃り切って誰かのための人生を生きてきた。
魔界に来てからは自分の好きなことをして、好きなものを食べて、大好きな人たち(魔物だけど)に囲まれている。
今目の前にずらりとならぶ素敵なお菓子も魔界に来て初めて口にした。
「本当に、幸せ」
幸せを噛み締めるように最高のお菓子を口に運ぶ。目を閉じてうっとりしている私を暖かい目で見つめてくれる二人。
マルディラムさんに目はないんだけど……って、そうそう、気になっていることがあったのよ。
「首無し騎士って……首を持ち歩いている描画が多かったのですが、マルディラムさんのお首は何処に?」
「むう、アフタヌーンティーの時の話題のチョイスとしては失格だが……某の首は自室に置いてある」
やっぱり首、あるんだ! マルディラムさん、どんなお顔をしているのかしら。気になる……!
「首がなくとも魔力を感知すれば目で見るように周囲の様子が把握できるし、音も問題なく拾える。食事だってこの通り」
マルディラムさんが口元、もとい首元にケーキが刺さったフォークを運ぶと、何もない空間にケーキが消えていった。
「えっ!」
「うむ、会心の出来だな」
どういう仕組みなの!?
驚き目を剥く私に対して、ミーシャお姉様はいつものことと気にした様子はない。
「なに驚いているのよう。今までだって一緒に食事していたでしょう?」
「いや、全然気にしていなかったので、改めて目の当たりにすると摩訶不思議現象すぎてですね……」
これまで散々一緒に食事をしてきたというのに、マルディラムさんの所作が滑らかすぎて全く気にならなかった。
詳しく聞くと、異空間を経由して胃袋に入っているらしい。その際に味を感じているのだとか。どういうこと。
昔のことを思い出してしみじみしたり、ちょっとした衝撃を得たり、マルディラムさんが用意してくれた至福のティータイムは本当に最高のひとときだった。幸せ。
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