第六話 ルイ様と離れて過ごす一日 3

 ミーシャお姉様と楽しいひとときを過ごした私は、アフタヌーンティーの時間まで暇を潰すために城内を散策していた。


「本当このお城、埃ひとつ落ちていないし、窓ガラスも全部ピカピカ。飾ってある調度品も上品でいやらしくもないし、絶妙ね」


 壺や絵画に甲冑、それに燭台ひとつにまで丁寧な細工が施されている。


 感心しながら余所見をしていた私は、曲がり角に差し掛かったことに気付かずに出会い頭に誰かとぶつかってしまった。


「わあっ!」

「うおっ!」


 カラカラカラ、と何かが崩れる音がして、あ、カロン爺だと思い当たる。

 尻餅をついたお尻をさすりながら顔を上げると、やっぱりバラバラになったカロン爺がいて、ポヨンポヨンと身体を求めて頭が飛び跳ねていた。カロン爺の組み立てもすっかり慣れた私は手際良く彼の身体を組み立てて、転がる頭を拾い上げて首の上に乗せてあげた。


「いつもすまんのう」

「いえいえ、余所見していた私が悪いので」


 カロン爺はそのまま去っていくかと思いきや、何やらソワソワ落ち着かない様子である。まだ何かあるのだろうか?


「その、小娘、お主はこの城の装飾品が気に入っておるのか?」

「え? ああ、はい!」


 さっきの独り言を聞かれていたのね。恥ずかしいけれど、事実に違いはないので元気よく頷いておく。


「そ、そうか……」


 ん? カロン爺はなぜか嬉しそうに頬骨を掻いている。

 ああ、なるほど。カロン爺は城内の清掃や装飾品の管理を担っている。だから私の言葉が気になっていたのね。


「ところで小娘。今は使われていない装飾品があるのじゃが、気に入ったものがあれば部屋に飾っても良いぞ?」

「本当っ!?」


 ちょっと周りくどいけれど、部屋に置く小物を見繕ってもいいらしい。


 支給されている部屋は広くて必要なものは揃っているけれど、少し淋しいと思っていたのよね。

 目を輝かせた私を見て、ホッとした様子のカロン爺は、「ついてくるのじゃ」とカラカラ骨を鳴らしながら保管庫へと連れて行ってくれた。


「うわあ……圧巻」


 連れて来てもらったのは、城の地下にある倉庫。ここも綺麗に管理されていて、埃ひとつ見当たらない。

 小さな置物からテーブルや椅子、棚に至るまで、数えきれない量である。季節を感じるものもいくつか見られるので、時期に応じてここから出しているのだろう。


「ふん。全ていいわけではないが、気に入ったものがあれば見せてみるのじゃ」


 カロン爺はそう言って、ロッキングチェアに腰掛けてゆらゆら揺れ始めた。ゆっくり見ろということかしら。


「ありがとうございます。お言葉に甘えて少し見てみます」


 高い天井、地下ならではのひんやりとした空気、目を彩る様々な装飾品。

 美しいものを眺めていると、自然と気持ちも高揚してくる。


「あら?」


 豪華な装飾品が並ぶ一角に、その場にそぐわないものを見つけた。近づいてみると、それは古びたぬいぐるみだった。


「ルイ様?」


 黒髪でぐるりと巻かれた角が生え、目には琥珀が嵌め込まれている。使い古されているものの、生地も宝石もかなりの上物である。


「カロン爺、これって?」

「ああ、懐かしいのう」


 カロン爺の元に戻って、ぬいぐるみを差し出すと、カロン爺は目元を和ませて昔を懐かしむように言った。


「これはな、ルイス様がまだ赤子だった頃、いつも持ち歩いておったぬいぐるみじゃよ」

「ルイ様が?」


 自分を模したぬいぐるみを腕に抱くルイ様を想像し、プシュッと鼻血が出そうになる。この場を汚すわけにはいかないのでグッと堪える。


「物心つく頃から魔王として我らに求められ、魔物の王としての威厳や知識を得るために勉学に励んでおられた頃じゃ。ルイス様はどちらかというと大人しくて引っ込み思案な性格じゃったからのう。辛くても我慢して、我らの期待に応えようとされておった。じゃが、まだ子供。肩にのし掛かる責任や期待に耐えきれなくなったのじゃな。ルイス様が部屋から出てこなくなった時期があったのじゃ。その時に我ら側近の家臣はルイス様にいかにご無理をさせていたのかにようやく気付いた。子供らしいことを何ひとつさせていなかったのじゃ。そこで頭を悩ませた結果、ルイス様に贈り物をすることになった。それがこのぬいぐるみじゃ。いつでも腕に抱き、自分自身の分身のように扱っていただければと用意したのじゃが、大変気に入っていただけてのう。あの時の笑顔は忘れられん。心からの笑顔を見たのはあの時が初めてじゃった」


 カロン爺は、大事そうにぬいぐるみの頭を撫でながら話して聞かせてくれる。


「それからは何をするにもぬいぐるみを抱えておられてのう。ルイス様ご本人が、もう側にいなくても大丈夫だから、大切に保管できる場所で保管してほしいと仰るまで、片時も離すことなくいつも胸に抱えておられたのじゃ」

「大切なものなのですね」


 ルイ様だけでなく、カロン爺たちにとっても愛しい思い出の品なのだ。流石にこれはいただけない。


「元の棚に戻してきます」

「いいや、小娘――アリエッタにならば、預けてもいいじゃろう」

「ええっ、そんな大切なもの受け取れないです!」


 まさかの快諾に、私の方が慌ててしまう。

 そこから何往復かの押し問答を繰り返し、最終的には側近の皆さんとルイ様が認めた場合、私が所有することになってしまった。


「普段誰の目にもかからない地下に寂しく置いておくよりも、ルイス様を深く想ってくれる者が持っていた方がこのぬいぐるみも喜ぶじゃろうて」

「うう……では、皆様が快諾してくださるのなら、責任を持ってルイ様ぬいぐるみを管理させていただきます」


 この子が私の元に来た暁には、経年劣化を防ぐ魔法をかけて、ガラスケースを用意して、直射日光の当たらない場所に大事に飾ろう。


 私は優しくぬいぐるみを抱きしめてから、カロン爺に預けた。

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