第六話 ルイ様と離れて過ごす一日 2

 お姉様について辿り着いたのは、広いクローゼットルームだった。ミーシャお姉様が管理を一任されているお部屋である。


「うわあ……いつ来ても圧巻ですね」

「そうでしょお? この城の衣装は全部この部屋で管理しているのよ」


 そう言って得意げに胸を張るミーシャお姉様。その拍子に、ぽよんと柔らかそうな双丘が揺れる。羨ましい。


「さて! 改めて採寸するわよお」

「え? 採寸?」


 この部屋に連れてこられた理由を知らされていないので、一体ミーシャお姉様が何をしようとしているのか皆目見当がつかない。

 首を傾げる私に対し、ミーシャお姉様は得意げな顔をしている。


「このミーシャ様がアリエッタちゃんの普段着からドレスまでいっぱい作っちゃうわよお!」

「えええっ!?」


 驚き固まる私をよそに、ミーシャお姉様は手際よく私の体にメジャーを巻き付けていく。


「ええっとお、バストが――」

「おぎゃあああ! 口にしないでください!」


 ミーシャお姉様と比べて貧相なものなので数値化しないでいただきたい。


「あら、程よいサイズで形も綺麗だし素敵だと思うわよお? みんな違ってみんないいのよ」

「うう……私もお姉たまみたいにナイスバディになりたい人生でした」


 なんてことを言いながら採寸を終え、次にデザインに取り掛かる。


「私、普段は制服で十分ですよ?」

「ダメよお! ちょっとしたお出かけ着もないんじゃデートもできやしないわ!」

「で、デート……予定がございません」


 まるで縁がない言葉に、頬がひくひく痙攣する。一方のミーシャお姉様は、ニヤニヤとニヤける口元を隠す素振りもない。


「あらあ、ついこの間、ルイス様と夜の湖デートをしていた子が何を言っているのかしらあ」

「えっ!? あ、あれはデートではなく……!」


 思いがけないことを言われてギョッと目を剥いてしまう。

 月光に浮かび上がる麗しいルイ様が脳裏で悩殺スマイルを向けてくる。んぎゃわいいい! 記憶だけで昇天しそう!


「んふふ。初心なんだから。ルイス様も大変ねえ」

「ええ?」


 限りなく楽しそうに鼻歌を歌い始めたミーシャお姉様に、それ以上否定する気力も湧かずに提案されるがままにデザインに目を通していく。百枚ほどのデザインの中から、清楚で動きやすそうな膝丈のワンピース、冬期に向けての毛皮のコート、そしてエンパイアラインのドレスをお願いした。ドレスは私の瞳の色と同じアメジスト色にするのだとミーシャお姉様は息巻いている。


「やっぱりドレスはエンパイアラインが似合うと思ったのよお。アリエッタちゃんにいつかドレスを贈りたいと思って、密かに用意していたものがあるの。今日中に仕上げをしちゃうから夜にルイス様にお披露目しましょう!」

「ええっ!? そ、そんな急に!?」


 ドレスなんて数日で仕上がるものではないだろうし、気長に待とうと思っていたら今夜とな? しかもルイ様にお披露目だなんて、ドレスを着たことがない私にはハードルが高すぎやしないだろうか。とは思うものの、せっかく私を思って作ってくれたミーシャお姉様の気持ちを考えると断ることはできない。


 それに、ドレスを着られることを楽しみにしている自分もいる。

 ルイ様に見せるのは照れてしまうけれど、彼ならきっとどんな姿でも褒めてくれる。

 そう思うと、胸がポカポカ温かくなり、自然と表情も和らいでしまう。


「あらあ?」


 そんな私を見てミーシャお姉様が意味深な笑みを浮かべている。私は居た堪れなくて話題を変えようと口を開く。


「私のことより、お姉たまはどうなんですか? ウェ」

「ぴゃあああっ!?」


 皆まで言い切る前にお姉様は絶叫して顔を真っ赤にしてしまった。唇を尖らせて、潤んだ目でこちらをジトリと睨んでくる。

 トゥンク……はっ! お姉様が可愛すぎてときめいてしまったわ!


「…………そのことは誰にも言わないでちょうだい」

「もちろん言っていませんし、これからも言いませんよ!」

「ありがとう」


 指をツンツン突きながら眉を下げて視線を落とすミーシャお姉様。長くてふわふわのまつ毛が影を落として妖艶さに磨きがかかっている。


「私だったら、ミーシャお姉様に好きになってもらえたら飛び跳ねて喜んじゃうけどなあ」


 ポツリと落とした言葉に、ミーシャお姉様の耳がピクリと反応した。


「ふふ、ありがとう。でもね、あの人は私よりもずっと年上だし、私のことなんて孫のようにしか思っていないのよ」

「そうですかねえ……」


 あのウェインさんのことだ。きっとミーシャお姉様の気持ちにも薄々気付いているに違いない。

 お姉様は気付いていないけれど、ウェインさんはたまにお姉様のことをとても優しい眼差しで見つめている。それを孫のようだと言われては、ぐうの音が出ないけれど。


「私はお姉たまのこと、応援しています。とってもお似合いの二人だと思います」

「そ、そう? た、たまには手料理でも振る舞ってみようかしら……マルディラムに手伝ってもらってお菓子の差し入れとか……」

「素敵です!」


 モジモジしながらも好きな人のことを想ってあれこれ悩む女の子は本当に可愛い。


「いいなあ……」

「え? なにがよう」

「いえ、私、まだ恋をしたことがないので、恋心というものがよく分からないんです」

「嘘おっ!?」


 私のカミングアウトに、ミーシャお姉様は目を剥いて迫ってきた。わあ! おっぱいの圧が!


「そんな悲しい嘘、付きませんって! 孤児院時代は自分のことと他の子供たちのことで精一杯だったし、神殿に引き取られてからはやさぐれてて恋愛どころじゃなかったし、ファルガ……あ、勇者のあいつです。ファルガが付き纏ってきて鬱陶しかったぐらいです」

「あー……そういえば前に恋人いたことないって言っていたわね。まさか誰も好きになったことがないなんて……」


 ああ、ミーシャお姉様の憐れんだ視線が痛い。グサグサ突き刺さっています。


「まあ、きっと……いえ、間違いなくこれからあなたは恋に落ちるわよ」

「ええっ、ミーシャお姉様は預言者ですか?」

「うふふ、こればかりはちょっと自信があるわよお」


 パチンとウインクするお姉様が眩しい。


 本当に、お姉様が言う通り、私は恋を知ることができるのだろうか。

 なぜかその時、ぽわんと黒髪で金眼が特徴的な愛すべき少年の顔が頭に浮かぶ。

 …………いやいやいやいや。ルイ様はご主人様だし、それにまだ子供だもの! ないない。

 うんうん、と自分を納得させるように無理矢理結論づけて、私は頭の中の雑念を振り払った。

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