第六話 ルイ様と離れて過ごす一日 5

「さ、本日のメインイベントよお!」


 自室でゆっくりお腹を休ませ、そろそろ夕飯時かという時間帯に、再び扉をバァン! と開け放ってミーシャお姉様が突撃してきた。

 お姉様は両手いっぱいに淡い紫色のドレスを抱えている。


「えっ、もうできたのですか!?」

「ふふん、私を誰だと思っているの? さ、おめかしするわよお!」

「ええっ!?」


 フンフン鼻息の荒いお姉様に身包みを剥がれ、ドレスを着せられていく。胸の下に切り替えがあり、ストンとスカートが落ちるデザインのドレスはもちろん初めて袖を通すもので、乙女の端くれである私の心は弾む。

 コルセットやパニエを付けなくてもいいようで、お腹も締め付けられずにドレス初心者の私にもありがたいデザインだ。肩と背中がぱっくり開いているので、スタイルに自信がない私には心もとない。そんな私の心はお見通しのようで、ミーシャお姉様は薄い金のショールを羽織らせてくれた。


 そのままお化粧とヘアセットもお姉様のゴッドハンドによって施されていく。パールを砕いたお粉をはたき、朱色の口紅をさす。いつも下ろしっぱなしの銀髪は高い位置から毛束を編み込まれて後ろに流される。毛先に金色のリボンを巻かれて出来上がったようだ。


「わあ……」

「きゃあ! すっごく可愛いじゃない。さすが私ぃ」


 全身鏡の前に連れて行かれて初めて、ミーシャお姉様に魔法をかけてもらった全身を拝んだ。

 ドレスを着たのももちろん、丁寧に化粧をして髪もセットしたのは生まれて初めてのこと。


「すごい……私じゃないみたいです!」

「うふふ~そんなことないわよお。素材がいいから磨きがいがあったわあ」


 二人で手を取り合いぴょんぴょん跳ねる。おっと、あまり動きすぎてはせっかくの髪が崩れてしまうわね。


「さ、みんな待ってるわあ。大広間に行くわよお!」

「え、みんな? えっ? ちょ、ちょっと! お姉たま!?」


 この後のことは何も聞いていなかった私は、ミーシャお姉様に手を引かれるままに大広間に連れて行かれた。え、この格好をみんなに見られるのはちょっと照れてしまう。みんなって、もしかしてルイ様もいるのかしら。ええっ、どうしよう。優しいルイ様のことだから、きっと褒めてはくれると思うけれど……わあああっ、心の準備がっ!

 頬に熱が集まり、目を白黒させている間にも、大広間に到着してしまった。


「ジャジャーン!」


 大広間の扉を押し開けて、ミーシャお姉様が私を中に引き入れた。


 そこには、にこやかな笑顔のウェインさん、「馬子にも衣装じゃのう」と何やら失礼なことを言っているカロン爺、うんうん頷いているマルディラムさんが並んでいて――中央にはなぜか正装をして戸惑いがちにこちらを見ているルイ様がいた。


「あ、アリエッタ……?」

「ルイ様……」


 わあ……そういえば、今日一日会っていなかったものだから、いつにも増してキラキラ輝いて見えるわ!

 騎士服にも近いキリッとした服装をしているルイ様は、可愛いだけでなくって……その、かっこいい。


 お互いに面と向かって立ち尽くす私たち。見かねたウェインさんがルイ様を肘で突いている。

 ハッと我に帰ったルイ様が、真っ赤な顔を腕で隠しながら口を開いた。


「アリエッタ、綺麗だ。驚いた」

「あっ、えっと……ありがとうございます。ルイ様もとっても素敵です」


 モジモジと照れる私たちの間には甘酸っぱい雰囲気が流れる。心なしかみんなの視線が生暖かい。


「さて、今宵は我々だけのささやかなダンスパーティでございますよ」

「え、ダンスパーティ?」


 ウェインさんがパチンと手を叩くと、どこからか管楽器と弦楽器がフヨフヨと漂いながら音を奏で始めた。

 ダンスなんてしたことないんだけど!

 戸惑う私の前に、胸に手を当てたルイ様が跪く。ひえ。王子様みたい……


「アリエッタ、余と踊ってはくれないか?」


 キラキラ光を反射するシャンデリアに照らされたルイ様は、いつにも増して素敵で、一日会っていなかっただけでなぜか無性に恋しくて。私は吸い寄せられるようにルイ様の手を取っていた。


「わっ」


 手が触れた途端、立ち上がったルイ様に腕をグッと引かれた。

 もう片方の手が私の腰に周り、身体が急接近する。突然の距離感にカアッと身体が熱を放つ。

 頭ひとつ小さいはずのルイ様が随分と大きく、大人びて見える。


「形式にとらわれなくても良い。音楽に身を委ねよう」

「は、はい」


 ルイ様は楽しそうに微笑むと、私をリードするように腰に添えた手に力を込めた。くるくるとステップもどきを踏み、左右に揺れてはまたくるくる回る。段々と楽しくなってきた。


「アリエッタ、会いたかった」


 不意に耳元に顔を寄せたルイ様が、私にだけ聞こえる声音で囁いた。少し掠れた声に、ドキンと胸が高鳴る。


「わ、私もです」


 そう答えるのが精一杯で、けれど、その答えに満足した様子のルイ様は満面の笑みを見せてくれた。うぐう、キラースマイル!

 眩しすぎて直視できずに視線を逸らすと、ウェインさんがミーシャお姉様に半ば引きずられるように前に出ていた。諦めた様子のウェインさんがお姉様の腰に手を添えてステップを踏み始めた。ミーシャお姉様はとっても嬉しそうに頬を染めてダンスに興じている。

 カロン爺もカラカラ骨を鳴らして左右に揺れていて、マルディラムさんはなぜかヴァイオリンを手に演奏に加わっている。


 すっかり楽しくなった私は、ルイ様と笑い合いながらお姫様気分を堪能した。

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