閑話 深夜の緊急会議④
「はぁ、ルイス様とアリエッタが無事で本当によかったわあ」
「まったく、人騒がせな主様だ」
「ワシは寿命が縮む思いじゃったぞ」
ルイスがいないと最初に気がついたのは、ミーシャだった。
本日の仕事を終え、嬉々としてルイスの寝顔を眺めに部屋に向かったら、いつもこの時間は寝ているはずのルイスも、ミーシャたちがルイスの寝顔参拝を終えるまで見守ってくれているアリエッタの姿も見えなかったのだ。
慌てて部屋を飛び出したところでマルディラムとカロンと出くわし、半ばパニック状態で城中を探し回ったのだ。
そうこうしている間に外に出ていたウェインが戻り、その後間も無くルイスとアリエッタが城に戻った。
「ルイス様に害なす魔物はいないって分かっていても肝が冷えたわあ」
「うむ、あれほど取り乱してしまうとは、某も自分で驚いた」
「いやいや、仕方あるまい。我らにとってルイス様はそれほどまでにかけがえのない存在なのだから」
しみじみと茶を啜る三人に対し、ウェインだけが未だに険しい顔をしている。
その様子に気がついたミーシャがカップを置いた。
「それで? ウェインはどこに行っていたわけ?」
「……門の様子を見に行っておりました」
「え? 門って……」
「ええ、人間界と魔界を繋ぐ門ですよ」
和やかだった場が、ピリッとした緊張感に包まれる。
「ほう。何か異変でも感じたのか?」
マルディラムも身を乗り出して険しい顔で尋ねる。顔はないのだが。
「少々、門を守る結界に揺らぎを感じた気がしまして。気になって見てきたのです」
「それで、どうじゃった?」
カロンも神妙な顔をしている。
人間界と魔界を繋ぐ門が開かれたのは、ほんの半年前のこと。アリエッタが勇者一行の一人として魔界にやってきた時である。
その時は、アリエッタの力で封印を解いて門をくぐってきたらしい。その後勇者たちを人間界に送り返したアリエッタ本人が、改めて強固な多重結界を張っていた。
「結界自体に問題はありませんでした。さすがアリエッタ殿の結界ですね。ですが、人間界からの干渉の痕跡を発見しました」
「それって……」
「ええ。何者かが人間界から魔界に足を踏み入れようと目論んでいる、ということです」
ウェインの推測に、その場が静まり返る。カランと骨が重なる音が響き、カロンがゆっくりと腕組みをした。
「ふうむ。懲りずに勇者が攻め入ってくるか? じゃが、あの結界はそう易々と破れまい」
「そうだな。いくら頑張ろうともすぐに破れるものではないだろう」
そう、外部からの侵入を阻む目的で結界が張られているのだ。そう簡単に破れるものではない。
しかし――
「どれだけ強固な結界でも、繰り返し破壊を試みれば、いずれ破られるでしょう。数年は先のこととなるでしょうが」
「嫌だわあ。どうしてそんなに魔界に攻め入ろうとするのかしら」
「アリエッタに聞いたところ、平和すぎる世界に暇を持て余した愚かな国王によるパフォーマンスらしい。そんな愚かな王の威厳を示すために我らの豊かで平和な世界が脅かされると思うと腸が煮えくり返る思いだな」
「そうですね。あるいは、別の目的があるのかもしれません」
ウェインの言葉に、一同の頭には一人の娘の笑顔が思い浮かぶ。
「……アリエッタちゃんね」
「確か、類稀なる魔力を秘めた聖女だったのじゃろう? 力を搾取されていたとこぼしておったし、あやつの力は確かに凄まじいからのう。手放すには惜しいのじゃろうて」
「それに、あの勇者、アリエッタを伴侶に望んでいたのだろう。そう簡単に諦めるとは考え難い」
「ええ、恐らく第一はアリエッタ殿の奪還でしょう。そのついでに魔界を蹂躙し、魔王を討たんとしている可能性もありますが」
「んもう! アリエッタちゃんは自分の意志で魔界に残ってくれているのに、どうして横槍を入れてくるのかしら。だから嫌われるのがわからないの?」
ミーシャが頬を膨らませながらプリプリと怒りを露わにしている。
「あと数年もすれば、ルイス様は成人の儀に臨まれ、真なる魔王の力を取り戻される。そうなったらいくら兵が攻めてこようとも城に侵入することすら叶わないだろう」
「うふふ、もし人間たちの目的がアリエッタちゃんだと知ったら……ルイス様はどうされるのかしらあ」
「おい、ミーシャ。今はそんなことを話している場合では――」
「いいえ、今日だって、あの引っ込み思案なルイス様が自らアリエッタちゃんを誘って神秘的な湖に出かけていたのよお? 第一次成長期を経て、背もぐんと伸びたし、もちろん精神面も成長しているはずよお。いつも近くで愛情を注いでくれるあの子に、恋慕の気持ちを抱いてもおかしくないとは思わない?」
「そういうものかのう。ワシにはさっぱり分からん」
「カロン爺は恋愛に疎いからあ」
うふふ、と頬を桃色に染めて楽しそうなミーシャに対し、腕組みをしたまま首を左右に傾げるカロン。
「とにかく、アリエッタちゃんをルイス様が手放すことはあり得ないわあ。だから、私たちも心配する必要はないのよ。ルイス様と一緒にアリエッタちゃんを守ればいいんだもの」
「そうだな。ふ、それ以前にあの娘には我らの手助けなど必要ないやもしれんがな」
「一理あるう」
アリエッタが魔界で魔法を使ったのは、勇者を強制送還し、強大な結界を張った時、そして日頃ルイスに魔法の指導をする時でぐらいである。前者は異次元の魔法レベルであったが、魔力切れを起こすこともなくケロリとしていた。ルイスとの訓練でも、本人が言っていた通り全属性の魔法をバランスよく行使している。常人であれば、属性によって得手不得手が見られるのだが、アリエッタにその素振りはない。
「世界を隔てから、人間のことは分からないのでなんとも言えませんが……私が知る限り、アリエッタ殿と同等の力を持った人間は過去に一人だけ――当時の魔王様と肩を並べる強さを誇った大聖女です」
どこか懐かしげに赤い目を細めるウェインは、音を立てずにカップを手に取るとクイッと傾けて乾いた喉を潤した。
「さて、今日は皆さんお疲れでしょう。結界のことは継続して警戒する。万一人間が攻め入ってきたらルイス様とアリエッタ殿を我らがお守りする。そういうことでよろしいですね?」
「ええ」
「異論はない」
「よかろう」
今日明日で結界が破られることはまずない。けれども、いずれ来る日に向けて準備をすることはできる。
魔王の側近として、一同の決意は固い。
「では、本日は解散いたしましょう」
ウェインの言葉を合図に、その場は解散となった。
「――ああ、そういえば。罰とやらは何をするつもりなのだ?」
部屋を出て、ウェインと共に厨房に向かうマルディラムが思い出したように尋ねた。
二人の手には、空になったカップとポットを乗せたトレイが乗っている。
「ふふふ、明日のお楽しみですよ」
不敵な笑みを浮かべる悪魔に、マルディラムの背筋に冷たいものが走った。彼がこの顔をしているときは碌なことを考えていない。実体験からそう知っているマルディラムは、明日のルイスとアリエッタを憐れんだ。
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