第四話 おや? ルイ様の様子が 4

「アリエッタ、今日はすまなかった」

「どうしてルイ様が謝るのですか? 着いて行ったのは私の意思です。それに、怒られちゃいましたけど、夜のお散歩はとても楽しかったですよ? だからもう、謝るのは禁止です」


 ほっこり温まってベッドに潜ったルイ様。ルイ様の入浴中に私もサッと自室でシャワーを済ませて戻って来た。さすがに今日はクタクタなので、ルイ様が寝たら私もすぐに眠れるようにしておいたのだ。


「そうか……わかった」


 ルイ様は、とろんとした眼で私を見つめている。

 もう眠気の限界なのだろう。いつもは夢の中にいる時間だもの、無理はない。

 ウトウト微睡みながら、ルイ様は掠れた声で囁いた。


「アリエッタ。余のワガママを、聞いてはくれないか?」

「はいっ! 何百個でも聞きますよ!」

「ふふ、そんなに多くはないぞ」


 ルイ様のワガママなんて、私からすればご褒美だもの。


 聞き逃さないように枕元に顔を寄せて耳をそば立てる。

 あろうことか可愛いの化身であるルイ様は、瞳を彷徨わせて逡巡したあと、枕をギュウッと抱き寄せて上目遣いで尋ねてきた。


「……添い寝を、してはくれまいか?」


 ギャーーーーー!!! と叫んで卒倒しそうになるのをグッと我慢して、私は聖女スマイルで胸に手を当てて恭しくお答えした。


「もちろんです!」


 それから、「失礼します」とお断りをしてからルイ様のベッドに潜り込んだ。


 孤児院にいた頃は、孤児院に入ったばかりの小さな子供たちに添い寝をしてあげたなあ。みんな元気かなあ。

 なんだか当時のことを思い出して、私の溢れんばかりの母性が顔を出す。私たちは向かい合って寝転がり、私はトントン、とルイ様の背中を規則的に叩いた。


「ふふ、お母さんだと思ってもいいですよお」


 なんてね、と冗談混じりで言うと、ルイ様はぷうっと頬を膨らませた。何それ可愛い。


「……それは、嫌だ」

「え?」


 私みたいなお母さんは嫌、ですか。流石にちょっとショック……

 とほほ、とちょっぴり苦い気持ちを抱いていると、ルイ様は徐に私の頬に手を伸ばした。


「アリエッタは、アリエッタだ」

「あ、はい……」


 吐息がかかりそうな距離で、煌めく金色の目で真っ直ぐに言われた私は、気の抜けた返事しかできなかった。

 私が頷いたことに満足したのか、ルイ様はふふふ、と笑いながら私の胸の中に擦り寄ってきた。可愛い。


「おやすみ、アリエッタ」

「……おやすみなさい。いい夢を」


 すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。


 本当に、最近のルイ様は急に大人びた雰囲気を醸し出したかと思えば、いつもの純真無垢なエンジェルスマイルを投げかけてくるのだから困ってしまう。私のちょろい心臓は、ルイ様が微笑みかけてくれるたびに大歓喜してどんどこお祭り騒ぎを始めてしまうのだから。


「成長期、恐ろしいわ……」


 明らかに出会った頃より大きくなり、関係も変わりつつある大切な魔王様を胸に抱きしめ、私は幸せな気持ちを噛み締めながら眠りについた。








 翌日。


「ううん……」


 カーテンの隙間から薄く差し込む日差しによって意識を浮上させた私は、もぞもぞと布団の中で二度寝を目論む。この時間が至高なのよ。


「ん?」


 すると、いつもと何か違うことに気づいた寝坊助な脳が、ゆっくりと仕事を開始する。



 こんなにお布団ふかふかだったっけ?

 それにベッドもとっても広い。

 それにそれに、なんだか温かいこれは――



「ん、アリエッタ。おはよう」

「あ、ルイ様。おはようござ………………ヒュッ」


 頭上から聞こえた声に顔を上げると、上体を起こして私の頭を優しく撫でるルイ様と目が合って息が止まった。



 ――――――待って⁉︎



 昨日の出来事がブワッと蘇り、私は布団を投げ飛ばす勢いで起き上がった。


「る、るるる、ルイ様……えっと、今朝は早起きですね?」


 昨日は添い寝をしたんだった! と今更ながら気恥ずかしくなった私は、何とも間抜けな質問をしてしまった。でも、だって、ルイ様は朝に弱いのに――


「ああ。今朝は寝覚めが良くてな。起きたらアリエッタが横に寝ていて、とても幸せな気持ちになった」

「おおん……」


 寝癖のために外に跳ねた黒い髪、寝起きで少し着崩れた寝巻き、とろんとした眼差しは寝起きだから……よね。

 なんと返事していいのか分からず、私はそろりそろりとベッドから抜け出した。


「えっとお……着替えて来ますので少々お待ちください!」


 モジモジしながらそう言うと、私は一目散に自室へと駆け戻った。



 わー! やっぱり子供とはいえルイ様と添い寝は恥ずかしかった! 孤児院の子供とは訳が違うわ!



 と、そこで、はたと思い至って足を止めた。


「あれ? 孤児院にはルイ様ぐらいの子もたくさんいたし、一緒に寝ることなんてしょっちゅうだったのに……」


 ルイ様だけでなく、私の中の何かが、着実に、ゆっくりと成長している。

 そのことに、私はまだ気づいていなかった。

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