第四話 おや? ルイ様の様子が 3

「さて、そろそろ帰らねば。ウェインが探しているやもしれん」

「うう……ウェインさん、怒ったら怖いんだよねえ」


 月光浮かぶ湖と、柔らかく舞う夜行虫を堪能した私たちは、お城に帰るべく重い腰を上げた。


「さ、頑張って歩きましょうか」

「いや、その必要はない」

「え?」


 気合を入れて夜空に拳を突き上げた私に、ルイ様はどこか得意げな顔をして近づいてくる。


 んええ? ち、近くないですか?


 ルイ様はズンズン近づいてきて、私の正面に立つと、私の両手を強く握った。


「絶対に離すんじゃないぞ」

「え? へ? うわぁっ!」


 男らしい物言いに、ドキリと高鳴る心臓を落ち着かせる間も無く、私の身体は見えない力に引き寄せられるように歪んだ。


 咄嗟に目を閉じ、ぐわんと脳が揺れる気持ち悪さを経て、再び目を開けると――


「あれ? ルイ様のお部屋?」

「空間転移だ」


 なんと、高位魔法の中でも特に難しい転移魔法を使ったらしい。私でさえ、疲れてしまうので緊急時以外はあまり使用しない魔法なのに。

 驚き目を丸くする私に、ルイ様は得意げに告げる。


「一度行ったことがある場所になら、こうして転移が可能だ。この身体だと、一日二回が限界だがな」

「十分素晴らしいです! あれ、ではまたピクニックで行った丘の上や先ほどの湖にいつでも行けるってことですね!」

「ああ。だから、またあの湖に一緒に行こう……二人で」

「本当ですか! わぁ、嬉しいです!」


 なんとも素敵な約束を取り付けてしまった。

 ルイ様の言う通り、瞬く間に転移ができるなら、往来の時間を気にせずに外に出られる。


「これでウェインさんの目を盗んでお出かけしやすくなりますね!」

「誰が誰の目を盗んで何をするとおっしゃいましたか?」

「ひっ」


 キャッキャと調子に乗ってうっかり口走った言葉に、今一番会いたくない人物の声が重なった。


「ウェ、ウェイン。なぜ余の部屋に……?」


 ルイ様も信じられないほどの速さで目を左右に揺らして冷や汗ダラダラで尋ねている。私の背中も一気に冷や汗が吹き出してびっしょりしている。心なしか肌寒い気がする。ウェインさんから冷気でも出ているの⁉︎


「おや、わかりませんか? いつもであればルイス様はすやすや夢の中にいらっしゃるお時間です。所用が済みましたので、ルーティンのルイス様の寝顔を拝見して癒されタイムをとお部屋を訪れてみれば……ベッドはもぬけの殻。どこにもルイス様の姿はなく、アリエッタ殿までも姿が見えない。おかげで今、城内は大変なことになっておりますよ」


 顔は笑っているけれど、目が笑ってない。血のように真っ赤な目が怖い。あ、私、このままこの目に射殺されてしまうのかしら。

 自然と胸の前で手を組み、天に命乞いをしようとした時、勢いよく部屋の扉が開け放たれた。


「ねえええええ! ルイス様いた⁉︎ 厨房も大浴場も食堂も全部見てきたけどいないわあ!」

「うおおおおお! ルイス様、どちらにいらっしゃるのですか! どうか、どうかご無事でぇぇ!」

「ぬううううう! 目撃者が一人もいないとは一体全体どういうことだ! ルイス様の身に何か起こっていたら⁉︎ あああ、マルディラム、一生我が身を恨み続けることになろうぞ!」


 ゼェハァと肩で息を切らしながら、側近の面々が疲労困憊といった様子で部屋に飛び込んできた。


 尋ね人は、もちろんルイ様……よね。


「落ち着いてしっかり前を見なさい」

「ちょっとウェイン! 落ち着いてなんていられないでしょお! アリエッタちゃんまでいないのよお! ……って、アリエッタちゃん?」

「そこに御座すはルイス様では⁉︎」

「なんじゃと⁉︎ あああああ! あのご尊顔は紛うことなきルイス様じゃぞ!」

「う、うむ。余がルイスであるぞ」

「あ、あはは……えっと、その、ただいま?」


 へらりと笑顔を貼り付けて、引き攣る口角を無理やり上げてみたが、みんな鬼のような形相で迫ってくる。ぴぃっ!


 思わず壁際まで後ずさった私とルイ様が身を寄せ合ってガタガタ震えていると、マルディラムさんがグアッと両腕を広げた。


「ギャァァァァァ! ごめんなさぁぁぁぁい!」

「よくぞ無事であった! 某は……某は心配で心配で……くぅ、ルイス様とアリエッタを失うやもしれぬ恐怖でおかしくなるかと思ったぞ」

「あ……」


 ヒィィッと咄嗟に両手を上げて頭を守ったけれど、私たちを包み込んだのはひんやりとした鎧の冷たさだった。

 深い深い安堵の息を吐くマルディラムさんの後ろでは、ミーシャお姉様が光る目尻を指で拭っているし、カロン爺は何故かバラバラに崩れ落ちていた。なんで?


「……心配をかけた。すまなかった」


 呆気に取られていたルイ様も、一呼吸おいて息を吸うと、謝罪の言葉を口にした。

 ギシッと鎧を軋ませて、ようやくマルディラムさんが解放してくれた。自由になった私たちは、二人揃って頭を下げた。そして事の次第を説明した。


「アリエッタは悪くはない。余がこっそり抜け出そうと誘ったのだ」

「違います。誰かに知らせることもできたのに、そうしなかった私が悪いのです」

「いや、余が……」

「いえ、私が……」


 互いに譲らない私たちを前に、ハァ、とため息一つついたウェインさんが口を開いた。


「事情は分かりました。ですが、今後は我らに一言も言わずにお姿を消すことはおやめください。ルイス様は我らの主人であり、大切なお方なのです。そのことをゆめゆめお忘れなきようお願いいたします」


 胸に手を当て、ルイ様に視線を合わせたウェインさんの言葉に、ルイ様もこくりと頷いた。ウェインさんの後ろでは、カロン爺を組み立て終えたミーシャお姉様とマルディラムさんが激しく首を縦に振ってウェインさんへの同意を示している。


「すまない。次からは事前に申立てをする」

「ええ、ぜひ。よろしくお願いいたします」


 よかった。丸くこの場は収まりそうね――

 と、私が気を緩めた時。


「ですが、罰はキッチリと受けていただかねばなりません」

「「えっ」」


 クイッと片眼鏡を上げたウェインさんの背後には、真っ黒なオーラが滲み出ている。怖い。やっぱりウェインさんを怒らせたら、めっちゃ怖い。


「ふむ、罰については追ってお伝えするとして――今日はもう就寝時間を過ぎております。湯浴みをし直してゆっくりお休みください」


「あ、ああ……分かった」


 え、罰って何⁉︎ 教えてよウェインさん!

 私の心の叫びが伝わることはなく、ウェインさんを筆頭に他のみんなは「よかったよかった」と部屋を後にした。全然よくない!


「と、とにかく……寝る用意をしましょうか」

「そ、そうだな」


 顔を見合わせた私たちは、苦い笑みを交わし合い、湯浴みの準備に取り掛かった。

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