第三話 ルイ様とワクワクピクニック 1

「よおーし、出発!」

「おー!」


 ミーシャお姉様にピクニックの相談をした三日後、私とルイス様、そして側近の家臣一同は南の丘に向けて出発した。



 そう、待ちに待った……というほど待ってもいないけれど、ピクニック当日である。



 あの夜の後、ミーシャお姉様の行動は驚くほど早かった。

 あっという間に行き先と日程を決めて、多忙な側近たちの予定を調整してしまった。


 私の思い付きに付き合わせて申し訳ない気持ちがあったけれど、会う人みんなピクニックを楽しみにしている様子で、後ろめたさはあっという間に霧散した。厨房を覗くと、マルディラムさんもどこか楽しそうにお弁当の支度をしていた。とっても楽しみ。


 ちなみに、ピクニックのことをルイ様に打ち明けた時の反応はたまらなかった。





『ルイ様! いつも頑張っているルイ様には息抜きも必要だと思うのです。なので、みんなでピクニックに行きますよ!』

『は……ぴくにっく?』


 ルイ様は、初めて聞いた言葉なのか、あるいはあまり聞き馴染みがない言葉だからか、キョトンと目を瞬いていた。


『ええ! 野山に出かけて自然に囲まれながらお弁当を食べるのです! ミーシャお姉様にマルディラムさん、もちろんウェインさんも! あとカロン爺も来ますよ!』

『な……皆仕事があるであろう? そんな、余の休息のために家臣らの時間を奪うわけには……』


 私の力説にたじろぎながらも、ルイ様は躊躇いがちに瞳を揺らしている。この表情は迷っている。ルイ様を常に観察し、心のルイ様観察日誌に細かく記録している私には分かる。後一押し!


『いいえ、違いますよ。ルイ様だけでなく、彼らの息抜きにもなると考えてください。ルイ様は真面目すぎます。たまには羽を伸ばしてのんびりすることも大事です。お休みがあるからこそ、その分普段頑張れるのです。一番上に立つ者が休みなく働いていたら、下の者は気を遣ってゆっくり休むことはできないものですよ』


 私の言葉にハッとした様子のルイ様は、うぐぐと葛藤したものの、最後にはコクリと小さく頷いた。


『そ、そうか……それならば、その、ぴくにっくとやらに行こう。……楽しみにしておるぞ』


 魔王としての威厳を捨てきれず、けれどもみんなで仕事を離れて外出できるというイベントを前に心躍らないわけもなく、いつもの凛々しい相好を崩しはしないものの隠しきれない喜びが滲んでいた。

 どうしても我慢できなかったのか、自然と上がってしまう口角を抑えようとしてピクピクと唇が震えていた。可愛い! 可愛すぎる! 手放しに喜んでいいものを……


『ぴくにっくには、もちろんアリエッタも来るのか?』

『え? はい! もちろん。発案者ですので!』


 ルイ様の可愛さに内心悶えまくっていると、不意に眉を下げたルイ様に尋ねられた。そんなの行くに決まっている。お姉様から詳細を聞いたときには一人部屋で小躍りしたぐらいだもの。


 私が同意したことに、ルイ様はホッと安堵の息を漏らした。ん? え? 私が来ると分かって安心している?


『そうか。それは……よかった。アリエッタがいなくてはつまらない』

『んぐぅっ……!』


 これはノックアウトだ。無理。萌え。ちょっぴり唇を尖らせて照れ隠しにそっぽを向くルイ様は、攫ってしまいたくなるほど愛らしい。


 私はおかしな音を立てて騒ぎまくっている心臓を服の上からむんずと掴んで必死で落ち着こうとする。


『どうした? 様子がおかしいぞ。熱でもあるのではないか?』

『◎△$♪×¥●&%#?!』


 ただでさえ瀕死状態だったのに、ルイ様が眉目秀麗なお顔を近づけて私の額に触れるものだから、プシュッと鼻血を吹いてぶっ倒れてしまった。慌てたルイ様がウェインさんを呼んで、私は自室のベッドに運ばれたらしい。イケおじに担がれるなんて役得だけど意識を失っていたのが惜しすぎる。無念。




「……はっ!」


 いけない、あの時のルイ様の上目遣いを思い出したらまた鼻血が出るところだったわ。そっと鼻に手を当てて粗相をしていないか確認する。うん、大丈夫。血は出ていない。



 意識を現実に引き戻そう。


 私たちは城を出て、真っ直ぐに南の丘を目指していた。ゆっくり歩いて三〇分ほどで到着する距離にある。

 この一帯は年中温暖で過ごしやすい気候のため、いつも色とりどりの花を咲き綻ばせているのだとか。魔界に居座ってからずっと城内で忙しく過ごしていたので、改めて外の空気に触れるとなんとも不思議な気分になる。

 とてものどかで平和な光景。見渡す限り広がるのは青い空と広大な自然。野を駆けるウサギやリスは人間界とさほど変わらない。角が生えたものや、鋭利な牙を有する種族はいるようだが、こちらから手を出さなければ襲っては来ないようだ。


「平和ですねえ」

「そうねえ」


 なんだかほのぼのとした気分になる。同調してくれたミーシャお姉様もまどろんだ表情をしている。


 ちなみに魔界にも太陽と月がある。お姉様は紫外線を気にして、いつもの際どい服装の上に薄手の外套を羽織っている。それはそれで色っぽいのだけれど、あえて口にしないでおこう。ピンクの日傘まで差していて防御力高めだ。


 私も今日のために動きやすいパンツスタイルの服を繕ってもらった。

 裾がふわりと膨らんでいて、足首でキュッと絞られている。トップスは半袖で、元々着ていた法衣をイメージして、胸の辺りまでゆったりとした襟が垂れている。城の針子もしているお姉様は、話し方こそゆったりしているものの裁縫となると目を見張るほどの速さで服を仕上げていく。

 この三日で自分の外套と私の服、それにルイ様のおでかけ着まで作り上げてしまった。


 ルイ様はいつも厳かな軍服のような衣装を着こなしているけれど、今日はピクニック。

 外は暑いしそれなりに歩く予定なので、私とお揃いのズボン(色違い)に、トップスは黒の半袖シャツを身に纏っている。生地は通気性の良い麻を使っているとお姉様が説明してくれた。いつもよりずっとラフな服装なので、年相応の男の子に見える。子供らしいなんて言うと拗ねてしまうのでこれまた胸の内に秘めておく。


「それほど高い丘でもないので上まで登ってしまってからゆっくり休憩しましょう」


 ウェインさんの言葉通り、目的地の丘は緩やかな丘陵で、歩道も整備されていて歩きやすそうだ。それにしてお誰が整備したのだろう?


「城の周りは魔王様がいつ訪れてもいいように、自然を壊さぬ程度に道が舗装されておるのじゃ」


 私が不思議そうに歩道を見ていたからか、後ろを歩いていたカロン爺が教えてくれた。


「そうなのね。おかげでこうしてストレスなくお散歩できるのだから、整備してくれた魔物さんに感謝しないとね」


 そう返すと、カロン爺の首がころんと落ちた。なんで⁉︎


「わーっ! ちょっと! どうしたの」

「いや、すまん」


 危うく蹴り飛ばすところだったカロン爺の頭を慌てて拾い上げる。そっと差し出すと、カロン爺は短くお礼を言って頭を首に装着した。すっかりこの光景にも慣れてしまった。


「……ここらを整備したのはワシでのう」

「えっ! そうなの! ありがとう」

「ふん」


 なんと、先ほどの話はカロン爺自身の話だったようだ。城の掃除だけでなく、城外のこんなところまで綺麗にしているなんて驚いた。詳しく聞くと、城の庭師と共に少しずつ整備していったのだという。この話はルイ様自身も知らなかったみたいで同じく驚嘆の声をあげていた。


「そうだったのか。知らずにすまない。爺らのおかげで歩道には小石の一つすら落ちておらず歩きやすい。大義であった」


 ルイ様の天使の微笑みを食らったカロン爺の頭が吹っ飛んだのは言うまでもない。丘を転がり落ちていくものだから、拾いに行くのが大変だった。



 なんてことを話していると、あっという間に頂上に到着した。



「わぁ……本当に綺麗」


 小高い丘の上には柔らかな風が吹いていて、しっとり汗をかいた肌に心地よい。一帯が見渡すことができて大自然の一部になったかのように錯覚する。それに、話に聞いていた以上に多種多様な花々が咲き誇っている。人間界に見られない花もあるようなので、城に帰ったら植物図鑑を改めてみよう。


「これは圧巻だな」

「そうですね。ルイ様もここに来たのは初めてですか?」

「ああ。城からはいつも見ていたのだがな……こうして足を運ぶのは初めてだ。気持ちがいいな」


 私の隣に立ったルイ様は、目を閉じて自然を感じているようだ。ふわりと旋風が吹き上げて、ルイ様の艶やかな黒髪を靡かせる。


「え……?」


 その時、なぜかルイ様の姿が重なって見えた。慌てて瞬きをして目を擦る。いつものルイ様だ。



 ありえないよね。大人の姿に見えるだなんて。一瞬見えたルイ様は、背がグッと高くて長髪で鼻梁が整っていて……この世のものと思えないほどに美しかった。



「ん? アリエッタ、どうした? 顔が赤いぞ」

「えっ⁉︎ あ、あはは! 立ち止まったらドッと汗が吹き出してきたみたいです。水分摂ってきますね!」


 いけない。一瞬重なって見えた姿に見惚れて赤面するなんて!

 なぜだか心臓がどんどこ騒がしい。イケメンの力、恐るべし。


 敷物を広げて荷物を下ろし、弁当の準備をするマルディラムさんの元へ駆けて行き、水筒をもらう。ごくごくと水を飲み干すと熱くなった体がすうっと冷えていった。


「あれ、ちょっと酸っぱい」

「塩とレモンを少々絞っている。熱中症対策だ」


 さすがマルディラムさん。水筒の水ひとつにも細かな気配りを忘れない。


「美味しかったです」

「ならばよかった。ちょうどいい、弁当の用意を手伝ってくれ」

「もちろんです!」

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