生きるのに疲れる月
八月に入って気温は三十度を再び超え、暑さで動かぬ生命体と化していた。クーラーの恩恵など受けられぬ環境に於いて、集中力なんてものはあるはずもなく、今日も暑さで狂わないよう己が心を落ち着かせるだけで精一杯だった。
(桜屋敷には、クーラーあんだろうな)
あの家なら電気代もバカにならんだろうが、そんなもん気にしないほどには資金が潤沢にあるのだろう。
今日も兄はあれから部屋から出てこない。昔は様々なことをを幼い瑠永に教えてくれていた優しく、知識も豊富で、誇れる兄だった。いまもそれは変わらない。変わらないが、あの頃の兄の程よく低い、心地いい声は、楽しそうな、慈愛に満ちたあの頃の笑顔は返ってこない。笑顔は見ることができてもやっぱりどこかつらそうで、無理してそうで。でもそんな兄に『つらいでしょ?休みなよ』と言う勇気も瑠永は持ち併せていなかった。
すべてが嫌になった。兄を支えることもできず、母を支えることもできず。その現実から目を逸らして。一人で家を出たのはいまに始まったことではない。
(志弦と会ったのもそんなときだったな…)
あの頃から何も変わってないじゃん…と自嘲気味に笑う。
(変わって、ない…のかなぁ…?)
少しは変わっていると思いたい。思っているけど、たぶん変わってない。今日は、どこに行こうかな。
底が擦り減ったスニーカーを履いて、キャップを被って、家を出た。行く宛はない。街に出ようか。JRに乗って行くにしてもどのみち、街に出るしかない。市内の交通網はみっちりしているが、市外と繋ぐものが少ない。
(所持金の限り乗り継いで、未踏の、私のことを知ってる人が誰もいない土地で朽ち果てたい)
テレビやネットは夏だ、花火大会だ、お盆だなんだと言っているのに、自分のなかではいちばん死にたい季節。夏休みが明けるくらいに始まる自殺予防週間ってのは何度見ても嗤える。そんな一週間そこら活動して何が変わる。死にたいやつは季節問わず、時期を問わず死にたいさ。その時期により思いが強まることはあっても。
やまない雪(仮) 夜桜夕凪 @Yamamoto_yozakura
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