花火大会

 七月下旬の金曜日。豐平川河川敷にて打ち上がる四千発の花火。それを目当てに市内外から見に来る人で溢れる。

 連日三十度を超えていたのにも関わらず、最高気温二十五度というありがたい気温まで下がった。

「いたいた!」

 豐平の地にはあまり直接的な関わりがないものの、隣町のようなので全く縁がないわけではない。こっちに買い物に来るときもあれば、こうやって花火や祭りのように顔を出すこともある。

「志弦さま~!」

「癒月ちゃん!ヶ丘から遠かったでしょ?よく来れたね」

「うちの人と譜雪姫ちゃんんと確認してきたから」

「うちの人、ね…?」

「お~い、二人とも~!」

 ゆかりと瑠永が一緒に歩いてくる。

 ゆかりと瑠永の家は遠くなったが、同じ市電に乗っていた。示し合わせたわけではなく、たまたま、同じ車両に乗っていたので、そのまま一緒に来たのだ。

 全員、『The・普段着』現着した。浴衣で行く行かないの打ち合わせはなく、だいたい六時に着けばいいといった、ザックリとしか決めていなかった。

 開始が七時半だというのに早く来たのは場所取りが最たる理由だが、家にいたくないと願った者が確かにいたからだった。

(やっぱり、空気が軽いなぁ)

 化粧品のにおい、虫よけのにおい、人が集まる場所の独特なにおいが纏わりつくにも関わらず、志弦は呼吸がしやすかった。

(流石にキツいかもな…)

 警備員や道警の誘導に従い、四人分のスペースを確保した。だんだんと瑠永は呼吸の仕方がわからなくなって、それでもなんとか隠し通そうとショルダーストラップを強く握った。

(瑠永さま…。無理だけはなさらぬよう…)


 花火大会開会のアナウンスが流れ、大音量がゆえに聞き取りづらく、しかし、確かに始まりを告げ、夜空に大輪が咲いた。光で雲を裂き、咲いて刹那、轟音とともに散り逝く花は儚く美しい。

 赤、青、緑、金、桃、紫。

 円、花、ハート、星。

 提供側の各団体名は聞き流したが、それぞれが個性的で綺麗で。

 花火の儚さになぜか、込み上げてくるモノがある。気を抜いたら涙が流れそうだ。それを無意識に命と重ねているのだろうか。だとしたら、普段の言動はなんなんだ。

 ヒュォォォォ…と音を立てて上る光。一倍大きな花が身体を焼くような光と痛みと共に地を揺らす轟音を立てて散った。その度に歓声と拍手が響く。

 警備のおじさんの「歩道で立ち止まらないで進んでください」の誘導に従わず、立ち見する人もいる。

 三部に分かれて打ち上げられた花火は金色の大輪を絶え間なく曇りの夜空に咲かせ、フィナーレを飾った。轟音の中、閉会の放送が流れて警察の誘導に従い、人々は帰路に着く。人波に流されるように志弦たちも帰らんと大きめの階段を登る。歩道に出て、いちばん近い信号に出るまでも時間がかかった。途中聞こえた「喧嘩しないで帰ってくださいね。お酒飲まれた方はより足元を慎重に。隣の知らない人に絡まないでくださいね」というのは警官の本音だろう。酔っ払い相手の説得が面倒かつ危険かもしれないのは想像に難くない。

 やっと信号を渡れるところまで来て志弦と瑠永の異変を察知した。

「瑠永さま?」

「志弦ちゃん?」

 二人の声はほぼ同時で。

 志弦はふらつきが酷く、瑠永は指を噛んで声を抑えている。人波からすこし離れて広場の二人がけのベンチに座らせる。ゆかりが志弦を、瑠永を癒月が誘導した。二人の不規則で速い呼吸音が聞こえる。

「瑠永さま、指に跡がつくよ。可能ならば外してくださいませ」

 隣に座って背中をさすりながら声をかける。

「志弦ちゃん、いまどんな感じに見える?」

 志弦の正面にしゃがみ、親指、人差し指、中指を立てる『三』を横に動かす。

「たて、ゆれてる…」

「んー了解。視界定まったら一旦水飲もっか」

「ん…」

 右手で顔を覆いながら俯く。

 やっと指噛みをやめて、瑠永が涙目になって謝罪する。

「ごめん、な…また…」

「いえ…。それより、もう平気ですか?」

「敬語、だめ」

「わかった」

「いまは、ちょっとおちついた」

「良かった良かった。ゆっくりでいいので、大丈夫だと思ってから帰ろうね」

「ん」

「志弦ちゃん、そろそろ水飲めそう?」

「うん…」

 持参した水筒で一口飲む。

「動けそうだったら教えてね」

「ん、ありがと」

 絶え間ない人波は凪ぐことなく流れを刻む。

 スマホを取り出してゆかりはトークルームを開いた。

【2人のことで話したいことがある】

【今夜、空けといてくれる?】

【9時とか10時あたりかな】

 癒月のスマホが着信を知らせて光った。

【承知】

「すみませんが、うちのお冬ちゃんから『いつ帰ってくんの、はよ帰れ』とのお達しが来たのでお先に失礼しますね」

「ん、気をつけてね」

 癒月とゆかりは目線を合わせた。

「ゆかりさま、本当に二人をお任せしてもよろしいでしょうか…?」

「うん、任せて。二人とも落ち着いてきてるし」

「…では、失礼します」

「またね〜」

「またな」

 志弦と瑠永は可能な限り最後を取り繕ってゆかりを見送った。

「ま、アイツがいちばん遠いし、この時間、下手すりゃ二時間コースだろ。呼べば迎えに来てくれそうだがな」

「意地でも一人で帰りそう…」

 残った三人はゆっくり帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る