夏祭り

 年に一度、三日間だけ開かれる夏祭りにゆかりを連れ出した。昔からこの祭りはお互い好きだって認識は変わらず、志弦にとっても楽しみだった。

 学校で瑠永が癒月を誘っているのを見ていた志弦はもしかしたら会うかもしれないと思ったが、それをゆかりには伝えず会場に向かった。

 歩いて行ける距離とはいえ、三四十分は離れているため、市電に乗っていく。市電に乗って五分もしないくらい歩けば会場である公園についた。

「人、少ないね」

 開場めがけて出たからか思ったより人は少ないが、客観的に見て『少ない』と言える人数ではない。

「そうだねぇ。まぁ、ゆっくり回ろうぜ?」

「だね」

 金魚すくい、チョコバナナ、りんご飴、アクセサリー店、お化け屋敷…定番のものからオーダーメイドのストラップ、原宿、硬貨パンなど初見のものまである。人波に呑まれることはないと見てわかるものの、今月のゆかりは一瞬たりとも目を離したくない。

(ゆかりと二人きりだと昔の東雲モードが戻ってくるな…)



 癒月と駒ヶ丘で合流した瑠永は市電に乗って会場に向かう。残念ながら、桜屋敷の、学校の方には市電の線路は敷かれていない。癒月の家から最寄りの市電は駒ヶ丘になってしまう。

「バス移動か車だからレア感があっていい!」

「ちなみに、ガチャにした場合?」

「星四」

「五は?」

「新幹線とJR」

「えっと確か、何もしないで乗って、降りるときに払うんだよね?」

 ケースに入れたICカードを出そうとして思い出したようにしまった。

「そう」

 景色の移り変り、市電が走る音、車内の人々を五感を使って感じていた。

 公園敷地内に入ってまずは食べ歩きながら人混みに慣れる。

(まだ大丈夫か)

 瑠永は肩掛けの鞄のショルダーストラップを軽く握った。

「祭りって言ったらチョコバナナだよな〜」

 ここ数年、昔は百五十円で買えたはずのチョコバナナが最低三百円、最高五百円になっている。三百円できたはずのくじが五百円になっている。何もかもが値上がりだ。

(あれ、志弦さまとゆかりさま…?)

 何千、何万分の一だろうか。確かに癒月の目は二人を捉えた。



「いまのって…」

「癒月たちだな」

 こちらも二人を認識していた。

「偶然って怖いねぇ…」

「恐れることのない偶然だけど…」

「ならいいか」

 互いを認識しつつ、触れずにいた。いま会わなくてもいづれまた会えるだろうと祭りを楽しむことに。


「場内が大変混雑して来ました。迷子センターは十二歳以下のお子様のみ対応いたします。皆様、はぐれたときのため、事前に待ち合わせ場所を決めるなど、対策をしてお楽しみください」

 定期的に流れるこの放送。これで何度目だろうか。次は迷子を知らせる放送がなった。

「見つかるといいね」

 三歳や四歳の子を母親が探している放送も小学生が友達を探している放送ある。大きな池があるから落ちていないことを願う。池のみならず、小川もあり、幼子ひとりでは危険が多い。

「そうだな」

(七歳までは神の子というし…)

 平時でも迷うほど広い場内は人波で目印たるものを失っていた。

「十円パンあるよ」

「五百円だがな」

「それはお祭り価格ということで」

「うぃ〜」

「すみません、チョコひとつください」

「はい、五百円です」

 ゆかりが千円を出すと五百円玉が返って来た。袋に入った10円パンチョコ味を受け取り、屋台の後ろに回る。

「あんこお願いします」

 志弦は五百円玉を出し、それだけ受け取って屋台裏で食べた。

 すぐそこの屋台の三百円のチョコバナナを一本ずつ買って歩きながら食べる。

 綿飴やりんご飴という『夏祭り イラスト』の検索結果によくありそうなものは買わず、花火が上がる予定もなく、遠くから聞こえくる神輿の音をBGMのように聞いていた。

 場内を二三周して、最後に鈴がついた猫面と狐面を買ってふたりは公園を出た。疲労困憊で一言も話さず帰路に着いた。



 一方、瑠永と癒月はアクセサリーを買ったり、くじを引いておもちゃの銃を買ったり、射的で使い道に困るようなおもちゃを撃ち当てていた。神輿の音も、迷子放送を含む場内放送も『あ〜またなってるなぁ』と思えるほどに聞いて休憩がてらベンチに腰を下ろした。回りたい所は全部回ったから帰ろうと思えば帰れる。首にかけた猫面の鈴を撫でながら池を眺めていた。


 隣の人の異変に気づいたのはそう遅くはなかったと思う。鈴が細かく揺れ、何か耐えるような声が漏れていた。

「瑠永さま…?」

「うっ…」「くっ…」

 と声を殺して耐え、息が上がっている。

「ゆ…」

「はい、癒月はここにおります」

「わ、ぃな…」

「いえ」

 自分でも動揺していないことに驚いている。なんだ、この冷静さは。

「…げたい」

 げたい…?

「逃げたい…」

 人混み、人波。屋台を除けば建物は殆どない。開いているかすら未確定な児童館だけ。

「動けるくらい落ち着いたら帰りましょう。長居は無用です」

「でもっ…」

「癒月のことを気にかけているのなら無用ですよ?共にあると決めたあなたの方が大切です」

「そう…」

 ゆっくり立ち上がって、それでもふらついた瑠永の身体を支える。

「無理、しないで。ゆっくり…」

「…ってる」

 人波を掻き分け、停留所に向かった。

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