救えやしない

 六月に入り、気温が二十度を超える日が続く。日光は刺すように人々を照らし、陽も長くなった。


 『GWが明けたら定期試験一ヶ月前』という現実。それは一二週間の違いはあれど、殆どの学校がそうだろう。事実、翔空でもその空気は流れている。いつも最速で帰るような人が最終下校ギリギリまで残っていたり、委員会からテストの二週間前からは集まらないと告知されたり、試験の出題予定範囲が明らかになったり。

 しかし、そんなことよりもゲームだイベントだと騒いでいる約四名。各教室から『お前勉強は…?』という視線が注がれる。一人は影で人並みかそれ以上に勉強し、一人はテストは実力を測るものだからノー勉で行くと断言し、一人は生きるのが精一杯でゲームをして登校するだけで余裕がない。もう一人は登校すらしていなかった。

 定期テストを前にして出席しないとは情報戦に於いて不利にはなる。口頭でしか伝えられないことが確かにあるから。しかしそれでも登校しない、できないのには理由がある。今年からは、高校からは各クラスの特徴が顕著に現れるが幸い、新入生に癒月がいた。情報提供は彼女に頼めばいい。

(だから、六月は嫌いなのに…)


 放課後、志弦は陽射しに視界を遮られながらゆかりの家に向かった。いつものターミナルで降りて少し急な坂を登って、少し急な階段を上ってまた坂道。鳥の声、名を知らない草。ところどころ錆びている歪んだ柵の横を息を切らしながら進んでいく。

(何回登っても、慣れねぇ…息上がる…)

 何度か曲がりながら登り続けた坂道の途中、石段を上りインターホンを押す。少ししてから「…なに」と低い声が返ってきた。

 ガチャッと現代風の、オートロックと暗証番号を打ち込むタイプのドアが開いた。『一応、結んだ』程度にまとめられた髪とパジャマ代わりのワンピースを着たゆかりが気怠げに立っていた。

「ゆかり。担任から預かってきた封筒。学年通信とか学級だよりとか入ってる。気が向いたら目を通してやってくれ。母上にそのまま託してもいいだろうし」

「…わかった。ママに任せる。ありがと、志弦ちゃん。…でも、もういいよ。私に関わらなくて」

「ゆかり…」

(お前、毎年おんなじこと言ってんだよ…)

「関わるよ。ゆかりが、お前が、僕の白露を受け止めてくれたから。ゆかりが、そばにいてって望んだから」

「…私は望んでない」

「…そっか……。リノには…もう行くね」

「…ん」

「ばいばい、」

 彼女の家には上がらず、玄関先で別れを告げて、来た坂道を下っていく。

(やっぱり、そう簡単には…。ははっ……。人のこと言えねぇや…)

 自分だって『もう放っておいてよ!』『自分は存在しない方がいい…』『生きてる価値なんてない』と思うことは少なくない。いくら自分が思っても、ぶつけても、いつもそばにいた大切な友人に言われるのはどうしたって、何度経験したって慣れやしない。

(それは、ゆかりも同じなんだろうけど…)

 自宅のリビングに荷物を投げて志弦は大の字になって窓から見える空模様の移り変わりをただ眺めていた。

(何事もなければ確実に僕はゆかりより先に死ぬ。どうしたって抗えない。それまでにはあの子を救いたい。こんな僕でも力になれるなら…)

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