あれ、なんで此処に…?

 譜雪姫に起こされて始まる朝には変わりがなかった。そして五人で食べる朝食も、変わりがないはずだった。ごちそうさま、と立ち上がって椅子を引くとぐらっ…と卒倒感が志弦を襲った。本人が思うより状態は悪く、しかし顔色の変化はない。

「しづる!」

 瑠永の細く骨ばった腕で畳に打つ前に受け止めた。

「志弦さま!」

 使用人の一人が「ご家族に連絡します」と部屋を出て行こうとすると「待ってください!」とゆかりが止める。

「私たちが診ますから、どうか連絡だけは…しないでください」

「しかし…」

 学校で先生が早退前に親へ連絡を入れるのを知っているが故に連絡しようとするのはゆかりだってわかる。けれど…

「連絡はしないでください。私たちが責任持ちますから」

 癒月がそういうなら…と黙認された。ゆかりに姫抱きされ、寝室に運ばれる。

(志弦さまって虚弱…?もしくは能力の代償か、何かそれ以上の…契約……。志弦さまと『降瑞の結鶴』の関係は…?)

 ゆかりは完全に脱力した志弦を布団に寝かせ、腕にそっと触れる。ドクドクと一定リズムで感じられるそれに命の保証はどうやらされているようだ。

「ゆかり、しづるがこうなることに心当たりはねぇのか?」

「残念ながら」

(ストレスなら過去にも何度かは倒れているはずだし…)

「お冬ちゃん、何か言いたいことあるの?」

 姉の言葉ではっとする。思考が現実を感じ始めてからひとつ深呼吸。

「志弦さまが玄関先でぶっ倒れてた件、常々肌身離さずつけている一見なんともないヘアピン、出身を降瑞と聞いたとこから考えっと志弦さま本人が『降瑞の結鶴』の可能性を考えんだけど、なんかなぁって」

「なんか、とは?」

「超強いことで有名な結鶴がうちの周りに出た雑魚の大群如きでぶっ倒れるか…?ってこと。ねーちゃんは力の覚醒が親族で遅い方だったし、教えてもらった力の使い方とか少ないけど、さ?」

 譜雪姫は言葉を詰まらせ、少し考えてから口を開いた。

「『年齢性別ともに不詳。降瑞の土地に強力な力を持つ者現れる。その名は結鶴。夜、吹雪の中で紫の瞳に見つめられたなら死を覚悟せよ』これが妖界に流れた戒め。でも志弦さまの目は髪と同じ青。だからわからない」

「仮に契約した結果だとしても当方、契約云々の知識は皆無に等しいので…」

 契約内容、及び契約時の状況などは契約した本人とさせた本人しか知り得ない。特別、口外にするなとは言われないものの、打ち明ける人は数少ない。故に資料たる記録は少なく、こういう話はレアリティが高いために偽情報も出回りやすい。要はネットの情報は信憑性が低い。

「本人が直接吐かないとわからないってか」

「そういうことです」

「雪…さま…さむ、い……」

「志弦ちゃん⁈」「志弦さま!」「しづる!」

「ん…。あ、れ、みんなしてどないしたん?して、朝ごはんは?」

 志弦が目を覚まして見回すと瑠永、癒月、ゆかり、譜雪姫を捉えた。

「ごちそうさました後に倒れたんです。覚えていませんか?」

「んーー…そういえば、視界が真っ白になったような…?」

「それだよ」

「心当たりはあるか?」

「…ある、けど……」

 口をつぐんでしまう。

(初めての口調ですね)

「言いづらいことでもあんのか?」

「ない、こともない…」

 志弦は起き上がって答えた。

 歯切れの悪い物言いになんと言えば良いのかわからなくなる。このままら力の話に持っていくべきか、触れずにいるべきか。しかし、桜屋敷に来てから二回も倒れているのだから話を聞きたいところではある。

「…僕は能力待ちだ。術者ではなく」

 聞かれる前に志弦が切り出した。

 桜屋敷と同じ、先天性。生まれたその時から力を持って育った。

「そうだったのですね」

(だからあんなに強く…)

「ここ数年は使うことがなかったんだが、な」

 けん、けほっ…と咳き込んで髪の一部が白くなる。

「その髪…」

「ははっ…驚いたかな?力の暴走だよ。何故か此処だと起こりやすいらしい」

「何故かって…身体は大丈夫なわけあるのか?」

 服につけたヘアピンを撫でながら答える。

「それだと『ない』しか答えないよな?」

「ナンノコトカナ!」

「志弦さま、いくつか質問がある。答えられる範囲でいいから答えてくんない?」

「ん?うん」

 譜雪姫の問診が始まる。

「力を自覚したのは?」

「小一かその前」

「力の種類は?」

「水、雪、湯気、氷」

「武器の有無は?」

「ある。ただし、刀であればなんでもいい」

「ねーちゃんみたいに顕現することは?」

「できる」

「ほーん。じゃあ力が暴走したことは?」

「ある」

「そのときの対処法は?」

「特にない。落ち着くのを待つしか」

「そのとき過去にぶっ倒れたことは?」

「なかったと思う、よ…?」

「なら環境要因かな」

 テンポ良く進んでいたところから一拍置いて譜雪姫は踏み込んだ。

「降瑞の結鶴っていう強力な力を持つ人知ってる…?」

「…?噂程度なら…?」

「そっか?」

(知らないみたいだな。本人じゃない…?本人だったら一瞬でも驚いた反応するはずだしね。うちの勘違いか)

「うん、わかった。ゆっくりお休み」

 譜雪姫だけ部屋を出て自室へ向かう。

(あーくそ!うちの勘違いなんか、あれ??知らないフリだったら演技うますぎたし、目の色と名前以外の外見(?)は一致してんだけどなぁ〜!あの力の暴走が平常値なら!)

 頭をわしゃわしゃ掻きながら歩く。


 ——ありがとう、志弦——

 ——誰だ、貴様——

 ——あなたの死神だよ——

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