いっせーので!現実逃避!!
小樽から帰って翌朝、また譜雪姫に起こされて一日が始まる。そしてあの広々とした空間で使用人たちに挨拶して朝食を食べることも変わらない。
「ごちそうさまでした」
未だ家でのリズムのまま、食器を片付けようとする。
「ゆかりさま、これは我々の仕事ですのでそのまま置いておいておいてくださいませ」
「そうでした。すみません」
「いえ、ありがとうございます」
自分の母と同じくらいか、それより少し上かの女性に声をかけられ、持っていた盆を机に戻す。
「ごちそうさまでした。それでは」
と廊下に出た。
いつも二人が勉強するのに使っている部屋に志弦たちを連れて行くとひと足先に譜雪姫が勉強を始めていた。
「あ、ねーちゃん」
「お冬ちゃん」
「お邪魔しまーす…?」
「ほーい」
壁一面に対し学習机が一つ、計四つと中央に大きめの座卓がひとつ。譜雪姫はドアを開けてすぐ視界に入る正面のパステルカラーに塗られたものを使っていた。
(可愛い…)
四人は中央の全員が教科書とノートを広げても安心感がある大きさの座卓の各角に座った。現実逃避でゲームをすることなく冊子やパソコンを開く。
「癒月ちゃん、Wi-Fi繋げて良き?」
「うん、いーよ」
「あっ…」
癒月が初めて高校メンツとタメ口で話した。
「ユヅ、タメ…」
「っ…!いまは!それよりもWi-Fiです!」
「レア供給だったのに…」
瑠永が口を尖らせて言う。
「レアだから価値があるんでしょ」
「うぃ〜」
「え、ねーちゃん、外でいっつもそんな感じなん?」
譜雪姫が割って入る。
「北斗の頃はいっつもタメだったじゃん?」
「お冬ちゃん!」
「それは面白い」
「…瑠永さま?」
ニヤリとして見せた瑠永が少し怖い。
(あれは実験だよ。ほどほどに子供らしく、でも翔空では大人っぽく。どれが桜屋敷に利益がある振る舞いなのかわからないけど、自分なりに考えたんだ。翔空での振る舞いは両親からの指示でもあるし。アニメを真似てもいいからさま付けで話しなさいって、あれほんとにいいのかな…?)
「えーと、泥沼化確定演出なので話切って課題やんない?」
(良いのか悪いのかわからないけど、thank you志弦さま!)
「Wi-Fiこれね、Sakuraってあるやつ。で、これ打ち込んだら繋げられるよ」
スマホのメモ機能から表示されたパスワード。それを打ち込んでから課題に取り組む。
「何でもかんでもパソコンでって時代の流れかねぇ…。機械音痴、瀕死案件。課題はパソコンで送ってきていいから提出は紙で出したい。写真撮って送れなんざ、まずどこに保存したか探し出さなきゃなんねぇじゃんな。機械迷子だよ…」
アプリを開いて各教科の課題を確認する。
「ま、終わったやつは表示消えるからその点楽ではあるんだがな」
「それだけだよ」
愚痴をこぼしながらなんだかんだ進めていく。画面とタッチペンがぶつかる音。シャーペンが紙の上を走る音。無音を絶対に作り出さない、絶えず何かが通ってるような音。それがゆかりにはとてもうるさく感じられた。持っていたシャーペンを机に置く。
「ゆかり…?」
「ちょっとごめん、歩いてくるね」
「うん」
それだけ言って部屋を出る。
(何やってるんだろ、私…。高校では明るく振る舞おうって思ってたのにな…。なんでこうなっちゃうのかな。ねぇ、お母さん…)
三十分ほど廊下をぐるぐると歩いて(迷ったとも言う)から、もといた部屋に戻った。
「おかえり」
「ん」
得意教科も苦手教科も一つずつ片づけていく。わからない問題は解説を見ればいい。解答に答えしか載っていない場合は協力プレイ。あの頃みたいに独りで闘わなくていい。
「お腹すいたー」
譜雪姫は勢いよく椅子から降りて部屋を出た。そういえばお昼を食べていない気が…と思い出す。
「お昼ご飯、どうしますか?」
「食べないって選択肢があるなら俺は食べない。お腹すいてないし」
「私もいいかなー」
「同じく」
と三人の意見が一致した。癒月も空腹ではない。が、一日三食食べるものだと信じて疑わなかった生活があるが故に抜くというのは抵抗があった。しかし、一人だけ食事につくというのもなかなかハードルが高い。
「食べたきゃ食べればいい。食べたくないなら食べなくていい。食欲って所詮欲だよ、癒月ちゃん。義務じゃないんだ」
(義務じゃない…)
「ん〜…なら食べなくていいかな。でもゆづ、課題頑張ったご褒美にお菓子食べたい」
(子供っぽい…)
(一人称名前にして敬語外しただけでロリ化できるの凄いな…)
(ゆずちゃん保護し隊でも結成しようかな)
三人が考えていることはだいたい同じだ。そんなことも知らず癒月は部屋を出ていく。声が聞こえないだろうと思うほど時間が経てば
「ゆずちゃん可愛くない?ロリだよね?」
「だよな?」
「しっかりしてるお姉さんタイプだと思ってたら、ねぇ…?あんな可愛い…」
と共有する。癒月と譜雪姫が一緒に帰ってきた。癒月が持った盆にはどら焼きや大福、チョコケーキやビスケットが乗っていた。譜雪姫はコップやフォーク、お手拭きを待っている。
「…菓子パ⁈」
「そうとも言うかも」
「さぁ皆々さま、現実逃避のお時間です」
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