翌朝、譜雪姫に起こされた四人は食堂に向かった。

「まったく、ねーちゃんは朝にくっそ弱いくせして自分が起こすとかなんとか言っちゃってさぁ?」

「ごめんね?」

「いい加減、夜型だってわかりなよ」

「全力で現実逃避します」

「すんな」

 そういう姉妹の会話を聞いて微笑ましいと思いながら廊下を歩く。フローリングの冷たさが心地良い。

「おはようございます、癒月さま、譜雪姫さま。ようこそいらっしゃいました志弦さま、ゆかりさま、瑠永さま」

 昨日も来た場所での食事だと比較的気持ち穏やかに歩いていたのに、使用人と思しき大人が数名。各々、自分の言葉で(うぉ〜!なにこれ⁈金持ちは違うってそういうこと??え?これってファンタジー限定じゃないの、この現代は‼︎)と内心叫ぶ。

「おはようございます」

「おはよーございまーす!」

 と桜屋敷の姉妹は挨拶した。それに続くようにおはようございます、となんとか会話を成立させる。

「使用人(?)がいるなんて聞いてねぇぞ」

「伝える必要ありました?」

「大アリだわ」

 癒月のいちばん近くにいた瑠永がコソコソッと会話を始める。その音量にあわせて癒月も話し出す。

「皆さま、お食事が冷めないうちにどうぞお掛けくださいませ」


「——なんてことがあるとは思わなかったぜ」

 くっ…と背伸びをして瑠永が言う。

 二十度晴天、なれども風強し。

「コートなしで歩けるこの程度がちょうどいいよねぇ」

「気温は、ね。陽射し強すぎ」

「風じゃねぇんだ」

「別にスカートめくれても短パンはいてるし」

「【問い】そういう問題なのか」

「【解答】違うと思われる」

「らしいですよ?」

 瑠永の問いにゆかりが答え、癒月が諭す。

「めんどくさい!」

「じゃあズボン履けよ」

「地雷のズボンってくっそ短いじゃん?短パンのほうが長いわ」

「あ〜…(察)」

 坂道を下り、駒ヶ丘に向かうバスに乗る。ヶ丘からは市電に乗ってまずは札駅へ。ここから先はJRに乗り換える。

「JRって乗ったことないんだよね〜」

 市内にいるうちは市電とバスで回っていて滅多なことがなければJRは使わない。

「切符買ってくるね!」

 そう三人を置いて志弦は四人分のチケットを買う。

 身体を打つような轟音と人の匂い。市電と違ってホームゲートはなく、線路の実態を初めて見た。

「おぉ〜!」

 ゆかりはスマホで線路や架線、駅名標の写真を撮る。特急を見送り、自分たちが乗る列車に乗る。市内を走っているうちはビルやマンションが通り過ぎていく。終着駅であるほしみで降りて小樽行きのホームに立つ。

「行きたいとこって小樽のことだったんだ?」

 フッ…キラーン☆とでもしそうな好奇心で輝く笑顔で「海行きたかったんだよね〜!」と答える。

「海、か…」

「?」

 癒月が疑問を示す。

「いや、私、海を見たことがなくて」

「まじで⁈」

「写真ではあるんだけど実物は」

「じゃあ、見てなよ。すごいの見れるから」

 小樽行きの列車に乗る。ほしみから銭函、朝里。この間だけでも海が流れていく。志弦とゆかりはキャッキャしながら流れ続く青を見ていた。瑠永は海の悠然さ、壮大さ、そういうものに惹かれて言葉を失っていた。癒月はひとり、慈しみの眼差しで三人を眺めていた。

(子供みたいで可愛いですね)

 小樽築港を越え南小樽、小樽。小樽駅を降りて外に出る。

「じゃあ帰ろっか!」

(ついて早々、何言ってんだこいつ)

「帰る、って聞き間違いです…?」

「じゃないよ?」

 駅を出たばかりにも関わらず帰るという。

「せっかくだし北一とか、なんかこう、観光っぽいことしない?」

「するかぁ…?俺は人がチラつかずに海が見たかっただけだからそんな発想はなかったけど…」

 瑠永にとっては初めての小樽。学校行事とは関係ない、初めての純粋な札幌市外の観光だ。

「私は歩きたい。何気に初めての市外だし、自分の世界を広げたいんだ」

「んーわかったぁ」

 文学館、北一硝子、オルゴール堂、おたる水族館……。思いつくがままに移動して、お昼はコンビニに頼った。

「どう?小樽は」

「レトロな感じっていうのか?こういうの好きだ」

「気に入ってくれたなら何より。札幌からも近いしね」

「ただ」

「ただ?」

「暑い。日陰くれ」

「あーー」

 確かに歩けど歩けど日向の印象が強い。札幌と比べれば日陰は頻繁に提供されない。風は吹いても暖かく、『そうじゃない』感が否めない。

「っ……!」

(気のせい、ってことにしよう)

「あと回りたいところある?」

「ないかな」

「ないです」

「知識がねぇからなんとも」

「じゃあ帰ろっか、札幌に」

 バス乗り場の一番ゲート。鴉天狗経由、札駅行き。窓から海を眺めて眠りにつく。

 ついたよ、と起こされた降り場で目を逸らしていたものを思い出す。

(頭いたい、きもちわるい…)

 ザッザッ…と擦るような音。

「しづる?」

 瑠永に声をかけられてハッとする。

「なぁに?」

 歩きながら会話をする。

「お前、体調悪いの?」

 が、瑠永が足を止めたことで三人とも立ち止まった。

「平気だよ?」

「ふーん?」

 怪しく思いながら「私の思い過ごしならいいんだが」と足を進める。市電に乗って駒ヶ丘からバスで向かう。翔空女子学院前で降りて坂道の連続。それから桜屋敷の屋敷へと帰った。

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