雑魚は雑魚でも沢山いると厄介だな、GODDAMN!
お昼が終わり、癒月の部屋に戻る。
癒月の家でゆっくり過ごすこと、一緒に宿題をすることしか決めていなかった現実を思い出し、作戦会議へと出た。
「俺の体感だけど、一人でこなせる課題量ではない。苦手分野は永遠にわかんない。ずっと止まって進まない。なんなら数学は解説ついてないから答えの写しようもない」
「から、協力プレー必須なんだよね。各クラスの特性から来る宿題は協力プレー?ナニソレオイシイノー?だけど、それ以外はさ」
「早速、他校に行った奴らが羨ましくなってきた…GWの宿題ないんだとさ」
「うちに来た宿命だよ、諦めな…」
アニメであるなら肩をポンとされている。
風が強く吹き、枝葉が揺れる。
「なぁ、癒月…」
低く冷静に話しかける。志弦が感じ取った懐かしい感覚。その正体は正確に風ではない。それは知る人ぞ知る反応だった。まさに五年ぶりか。緊迫した空気の中、笑みが溢れる。
「コイツら、全員殺っちゃっていいやつ?」
すりガラスの窓では外がはっきりとは見えない。それでも感じるこの気配。戦闘体勢に入ったことから癒月も戦力になると判断する。
「二人は下がってな、危ねぇから」
ゆかりと瑠永は『え、なにが…?』という反応を見せたが、ゆかりは思い出し、瑠永は疑念を確信に変え、指示に従った。
「お二人はこの部屋を出て、我らが良いと言うまでドアを閉めて廊下で待機していてください!」
(まぁ、雑魚だけなんだけど…)
と苦笑い。
(いつもなら瞬殺なんですが、数が…)
二人の退出を確認してから窓のロック解除。ガラッ!という音と同時に
「結!」
志弦が妖を次々とブロックに封じる。
「破邪」
ブロックごと妖を浄化し、滅した。
癒月は能力で顕現させた刀を振り、一体一体を消していく。
「秘術とかねぇのか、桜屋敷!雑魚ばっかだと思ってたが、雑魚は雑魚でも次から次へと湧いてキリがねぇ…!」
「秘術が仮にあったところで!まだ教わっていませんし!私はこれでも精一杯です…!」
「あっそ!体力戦ってわけな!」
「すみませんね!」
妖を見、会話し、戦いうる能力が突発的に出現した志弦とは違い、桜屋敷は代々そういう血筋だ。その昔、先祖が強力な妖と交わってその子孫は力を得た。莫大な富を得、勢力を伸ばし、一時は国の頂点に君臨した。もちろんそれを忌み嫌う者が人か人外か問わず現れ、陥れようと試みた。しかし、それは長らく揺るがなかった。
その中で噂され始めたのが秘術だ。最有力説とされているのはある一定の区域の数多いる妖を一度に消滅させる術であること。そして、その術が使われた場所に十年は妖が寄りつかない。まさに秘匿するに値するだろう術だ。
「あー!もう!癒月!」
「なんですか!」
「俺がぶっ倒れたら介抱頼んだ!」
「はいっ…⁈」
了承を得ぬまま志弦は普段、服につけているヘアピンをつけた。それはただのヘアピンではなく、雪・氷・水・湯気等、水に関する能力を強化するためのアイテムだった。
『結』で氷のように固体化したブロックに閉じ込め、『破邪』で湯気のように消滅させる。妖とて生命体。ならば過度の熱気寒気には弱いはずと踏んだのだ。普段であればさほど周りに温度差を与えずに済むものの、一度に力を使うにはそれなりに体感温度が下がる。志弦が数体同時に、癒月が一体一体消していってもキリがない。ならば体力気力を一気に消耗しようと短時間で片付けた方が良いと判断したのだ。
「あーそれと、クソ寒ぃと思うから覚悟しといて!」
そう叫んで志弦は窓から飛び降りた。それに伴い、妖の集団は志弦を追う。空中でブロックを作り、それを踏んで地面に舞い降りた。一応でも人様の家。初見の遠慮は何処ぞに吹っ飛んでしまっていた。
(今日ばかりはGWのくせに気温一桁を観測したこと、感謝しねぇと、な!)
癒月も追いかけないが、流石に飛び降りる勇気はない。しかし、一度廊下に出てしまえば二度手間になるのと二人を危険に晒すかもしれない。癒月はまだ、刀しか教わっていないのだ。花の毒や舞吹かせて移動とかは聞いたことはあっても方法がわからない。仕方なく、恐怖が勝るものの遅れて飛び降りた。
確かに飛び降りた先は寒かった。冬に逆戻りしたような。手足の動きが鈍くなる。痛みを訴えた脚からはなにも感じない。
「志弦さま!」
志弦の青色の髪は白に近い水色となり、僅かに感じられる人の赤みはほとんど消えていた。
「ゆづ…」
力なき声。それからは想像できない強い能力。雑魚妖怪・妖魔の動きも同様にに鈍くなっている。封じては蒸発させ、消滅させる。
はぁ、はぁ…と呼吸を乱し、時折咳き込んでは、まだだっ…!とブロックに封じる。
癒月も動きにくくなった身体で一体ずつ斬り捨てる。しかし、零度付近を彷徨うであろう体感温度に体力を奪われ、刀の切れ味が鈍る。妖の類も目に見えるほど減っては来たものの、体力と気力の勝負はこれからだ。寒さで新しく敵さんがお出ましになることはなかったが、敵の残存戦力はそれなりに強い。雑魚だと嗤ったことを後悔している暇なんかなかった。
「チッ…!」
舌打ちをしたのは癒月だった。
「そちらに行きました!」
「わかってる!」
癒月の刀で傷を負った蛇の妖。志弦のブロックに閉じ込められて消された。
(最後、一体か…)
最後まで残ったのは犬の形をした妖だった。犬神となれば上級だが、形をしただけの紛い物。先ほど同様、癒月が傷をつけ、志弦が滅する…はずだった。がしかし、うまいこと逃げられ、封じられない。癒月がもう一度斬りかかろうとするも逃げられた。
「GODDAMN!刀じゃ間にあわねぇんですかね!gunが必要ですか!」
癒月は半ば自棄になって叫ぶ。こいつ一体相手するならすぐに片がつくのに、と思うだけでは無力だ。しかし、無力さを無力と自覚した後の惨めさはどうしようもない。
フラフラとこちらに向かって来る志弦に気づいてそんな邪念を打ち消した。水色だった髪はホワイトアウトのように白く、呼吸も安定していない。
「刀、貸せ…ゆづ……。俺が片す……」
一旦、物陰に隠れる。
「そんな状態で戦うつもりですか…⁈」
足元もおぼつかず、呼吸も乱れ、自分に寄りかかるように倒れた人がまさかまだ戦うというのだ。
弱々しくフッ…と笑い志弦は
「これでも、刀は…土地神さまに稽古つけられてんだよ…」
なんの理由にもなっていない。土地神という強力な神に稽古をつけられたからと言ってそんな状況で戦っていいはずがない。特殊能力を持っているだけでただの人間だ。
「渡せるわけないじゃないですか、そんな状態で!」
「いいから渡せっつってんの‼︎」
そんな力がどこにあるのかと疑うほどの大声。げほっごほっ…と激しく咳き込んだかと思えばケン!ケン!と高い咳をこぼす。
「お前は、あいつらのとこ、行ってやってくれ…俺が、こんな姿で戻っても余計……。だから、頼む…」
(そこまで言われちゃったら、行くしかないでしょうがね…)
「…わかりました。渡しますよ。仮に折れても、次顕現する時には直ってると言われています。存分に暴れて倒してくださいね?」
「あぁ…。俺の回収は頼んだよ…?」
「ほんとは頼まれたくなかったんですけどねぇ」
ははっ…と力なく笑ってから
「…許せ」
(罪なお人ですねぇ、あなたは)
志弦は最後の一戦に向かい、癒月は瑠永とゆかりのもとに向かった。
寒くて上手く呼吸できている感じがしない。背中も痛いし、心臓は握り潰されそうな感じがする。視界はぐわんぐわん揺れて、体勢とは、と問いたくなった。それでも説得させて、半強制的に奪った刀と己が力で倒さねば大口叩いたのにダサい結果になってしまう。
「結」
作り出したブロックを刀で切り、全四方向から挟み込むように犬の妖を追った。逃げ場を失ったそれは四つに分かれたブロックに挟まれるように閉じ込められ、消滅せられた。
「おわっ、た…」
長い長い空中戦。地に足をつけることなく戦い抜いた疲労は地面の硬さを感じてからどっと出た。
(立ち上がる気力なんかねぇや…)
体感温度は徐々に上がり、それに伴い呼吸も安定していく。志弦の髪は水色になっていた。
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