想像の斜め遥か上を行ってたんですが…?

 全員の親から許可が下りたため、数日分の服と充電器、宿題、筆記具、その他自分に必要だと思うものをリュックや鞄に詰め、集合場所の駒ヶ丘駅の市電のりば前に向かった。

「やほやほ」

「志弦ちゃん」

 志弦とゆかりが先に合流し、続いてゆかりも姿を見せた。

「お待たせ致しました」

「というほど待っていないんだよね」

「俺らもいまさっき合流したとこ」

「そうでしたか」

 待合のベンチに座って瑠永を待つ。それぞれ、ゲームにネット、通知消し。

「やぁ、待たせたな」

「いえ、集合時間前ですから」

「お〜」

 瑠永もベンチに腰をかけ、バスが来るまで待つ。

「にしても、学校行く以外で駒十五に乗るとは思わなんだ」

 駒ヶ丘から翔空に向かうために乗るバス。途中、動物園や神社を通るが、地元住民よりは観光客がメインのスポットだ。それを除けば不便そうな高級住宅街が待っている。ぐねぐね道を上り、いつも降りる一つ先のバス停で降りた。多少不便だろうと、最寄りスーパーが車で行く距離であろうと、そこに住む人は景色を求めた金持ちだらけだ。庶民らしい庶民はいない。テニスコートが二面あったり、ブランコや滑り台はなんのその。夜にはライトアップされる等、空いた口が塞がらない。

 そんな中でも癒月の家は特別だった。もちろん広いが、見た目から和風で広々と庭もあり、池まである。朱塗りの橋に藤と桜の樹。黙認はできないものの、蔵があってもおかしくなかろう。

「えっと…」

 ゆかりが言葉を失って立ち尽くした。それもそうだ。誰もここまで豪華な家だとは思っていなかった。

「すげぇ、な…」

 語彙力喪失とはまさにこういうときに起こるものなのだと全員が理解する。

「ご自分の自宅だと思って遠慮なくくつろいでくださいね」

(くつろげるわけねぇだろうがよ…)

 あまりにも自分が住んでいる家と何もかもかけ離れているのだ。幾分かホテルに泊まる方が気楽なのでは?とさえも思える。

「入らないんです?」

 なかなか入ろうとしない三人に思わず声をかけた。

「おぅ、そういえばそうだな」

 お邪魔します…と恐る恐る敷居を跨ぐ。靴を揃えて癒月が先導するままに進んだ。

「あーのさ?ユヅ、砕けた喋り方してくんね?私の気力が持つ気がしねぇ…。砕けた喋り方はできればずっと継続して欲しいまであるが」

「…そうですか」

(砕けた喋り方…話し方…。ずっと桜屋敷を継ぐ者として振る舞ってきたのでそう言われると困りますね…)

「考える時間をください」

「おう」

 一時的に通された癒月の部屋の扉は田舎の祖父母宅のようなアンティークなデザインのレバーハンドルで志弦の好みど真ん中を射抜いた。少し見上げれば『長女 癒月』と印刷された室名プレートがある。それぞれ促されたまま気楽に座る。

「事前にやりとりした通り、高入組と内部進学組で部屋を分けてあります」

 当然の設備であるかのように「後ほどご案内しますね」と来客用の部屋の存在を再度示される。

(高校生の身体でも充分かくれんぼにたる広さだね…。ま、入っちゃいけない部屋も多そうだけど)

「何分、屋敷が広いので迷子になると思います」

(はーい、心当たりしかありません)

 志弦は右と教えられても左に行くほどの方向音痴だ。同じところをぐるぐると彷徨い、帰れなくなるのは確定案件だった。

「お風呂、ご飯等、生活に必要そうなことは事前に連絡して迎えに行くのでご安心を。それから寝る際には一言何か、スタンプでもいいのでグループで送ってくださいね。寝るとわかればそれなりに静かにしますし、隣の部屋ですが、何かあったら駆けつけますので」

「駆ける前に現着しそうで草」

「確かにw」

(何か、か…。何もなければいいけど…)

 ゆかりはチラッと志弦の方を見た。

「少し遅くなりましたが、お昼ご飯を食べましょう。そろそろ用意ができる頃です」

 長い廊下を進み、幾度か曲がって広間。

(ここ、旅館か何かだった…?)

 温泉旅館を想起させる広々とした空間。日焼けした畳に高級感のある深い茶色の机。椅子も一般家庭で見るようなものではない。

(椅子が!四本脚じゃなくて四角だヨ!ホテルにあるやつじゃん!)

(いくらすんだよ、これ…)

 非日常的な空間が現れるたびに語彙力を失って固まる。

(これ、温泉旅館に泊まりにきたと思った方が早いのでは…?(なにが?))

「好きなものを取って行ってくださいね、バイキングなのでご自由に!」

(お昼がバイキングなのもはや異次元…)

「バイキングって好きなのを好きなだけ取って食うやつだよな?確か」

「その通りです!思う存分食べてくださいね!」

「ほーい」

 志弦を先頭にお盆を持ってそれぞれ惹かれたものを選ぶ。瑠永にとっては小学校の給食を除いて、人生初のバイキングになるため、誰よりも好奇心を示した。

「これ、全部食べて良いんだよな?」

「もちろん」

「持ち帰りも頼めるか…⁈」

 ならばぜひ、と前のめりになる。

「今日用意されたものは流石に無理なので最終日にお持ち帰り可能な状態でお渡ししますね。気に入ったものがあれば志弦さまとゆかりさまもご遠慮なく」

「ありがと!」

「まずは冷める前に食べようね」

 興奮気味の二人をゆかりは諭すように席に促す。

「いただきます!」

 と子供のようなワクワク感が広がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る